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7.魔界へ

「メイリーンさん、ありがとう。……二年でちゃんと片付けるから」

 片付ける、か。オリヴィエ様にとって魔界行きは死に場所に向かうようなものなのだろう。彼女の目は真剣そのもので、本気で一度行けば帰ってこられないと思っている。


 二年は彼女にとって猶予のようなものなのかもしれない。そう考えると少しだけ寂しい。だが同時に自分が頼ってもらえて嬉しくもある。


 少しは役に立てるといいな、なんて思っていると、オリヴィエ様は机の下から水晶玉を取り出した。


 水晶玉は魔法が得意な聖女が、広範囲魔法を使う際に媒介とするアイテムである。透明度が高いほど良質で、色によって使える属性も異なる。目の前の水晶は紫だから属性は闇。それも大聖女様が使っていたものよりも透明度の高い。


 オリヴィエ様の私物だろうか。何に使うのだろうと首を傾げていると、彼女はニコリと微笑んだ。


「了解も取れたことだし、早速」

「へ?」

「寮に残っている荷物は後で送るわ。それと報酬は教会でもらっている金額の五倍、手渡しでもらえる約束だからしっかりもらってちょうだい。二年間働いて割りに合わない・足りないと思ったら、追加で私が出すから今度会った時に遠慮なく言ってちょうだいね」

「いえ、あのまだ詳しい業務内容と職場についての説明が」

「行けばわかるわ。それじゃあ二年後にまた会いましょう」

 オリヴィエ様の言葉を最後に、私の視界は真っ白になった。




 眩い光に包まれて、再び目を開けば私は見覚えのない場所でへたり込んでいた。足元には真っ赤なカーペット。それに沿って視線を進ませれば、部屋の最奥、玉座と思わしき場所には幼い子どもが座っている。それも立派な二本のツノが生えている。おそらく魔人。


 魔人は人型を取ることが出来る魔族であり、長年、人間の敵とされていた魔族の中でも高位に属する者でもある。またその頂点こそがジュードが戦った魔王。その名の通り、魔族の王様である。人間のように国が分かれていないため、王様はいつの時代も一人なのだとか。


 魔族は見た目と年齢が比例しないらしいし、子どもにしか見えなくとも実は強いなんてことも十分ありうる。油断は禁物だ。


 また高位に属する者ほど、人間達の住まう場所にやってくることはほとんどないと教会で習った。魔王なんてよほどのことがない限り、人間の前に現れることはない。

 ましてや和平を結んだ直後である。うかつな行動を取るとは考えづらい。


「ここは、魔界?」

 信じられないが、そう考えれば目の前に魔人がいることが簡単に説明出来てしまう。オリヴィエ様はなんて場所に飛ばしたのか。

 確かに魔界で暮らすとは言っていたが、いきなり飛ばすには場所が悪すぎる。転移場所がズレたのだろうか。


 一刻も早くここを去らねばなるまい。立ち上がり、出口を探す。きょろきょろと見回せば、ちょうど真後ろにドアを見つけた。かなり距離はあるが、出口はそこしかない。

 魔族の気に触れる前にさっさと退散するつもりだった。


 だがそう簡単には見逃してもらえないようだ。私はすでに彼の視界に入ってしまっていたらしい。


「魔界は魔界でも魔王城。それも王の間だがな」

 玉座から降り注いだ声にビクッと身体を震わせる。魔王城の王の間ということはつまり、彼こそ魔王と呼ばれる存在なわけで――。


 なんで私、魔王なんかの前にいるの!?

 上手く回らない頭を何度も下げる。


「すみません。すぐ退きます! すぐ出て行きますので!」

 状況把握はできていないが、こういう時はとにかく謝罪に限る。住居不法侵入は人間界でも立派な犯罪である。一応和平協定が結ばれたとはいえ、いきなりやってきた女一人消しとばすくらい問題ないだろう。


 ペコペコと頭を下げながら、先ほど見つけたドアに向かってすり足で下がっていく。けれど魔人は愚かなる人間の逃亡を許してはくれなかった。


「どこに行くつもりだ」

「職場です!」

「貴様はこの魔界に職場があると申すか」

「えっと、はい。たぶん……」

「確証もなく、魔王の前に転移してきたというのか!」

「ひぇっ、すっ、すみません」

 キッと睨まれて、思わず頭を守って丸くなる。防衛本能だ。だがこれくらいで自分の身を守れるとは思っていない。


 引き受ける前にちゃんと詳細を聞かないからこんなことになるのだ。

 そもそもジュードに待っていてくれって言われた時だって、事前に何年以内に帰らなければ、とか連絡がなければ、とか何かしらルールを決めておけばこんな悲劇は起こらなかったわけで。


 捨てられたことに怒るのはいいが、自分の考えなしの行動も反省すべきなのではないだろうか。潤む瞳は恐怖からか後悔からかは分からない。だがもうどうとでもなればいいと思っている自分がいる。


 私の人生はここで終わったのだ。短い人生だった。前世と同じく、前に向いて歩こうとした途端こうだ。


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