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絵本の読み聞かせ

 図書館のドアをくぐり、オルペミーシアさんを探す。すると前方から可愛らしい声が飛んできた。


「ダイリちゃんだ!」

 探していたオルペミーシアさんではなく、メティちゃんである。ブンブンと手を振っている。裏庭以外で会うこともあるが、図書館で会うのは初めてだ。手を振り返し、彼女の元へと足を進める。


「図書館で会うなんて珍しいね」

「お祖父ちゃんと一緒にご本を借りに来たの。お祖父ちゃんが上の階に行っている間に、メティは次に読んでもらう本を選ぶの」

「どんな本を読んでるの?」

「最近はね、人間界の絵本。オルペミーシアさんに買ってきてもらったの! 今日はこれ」


 メティちゃんがずいっと突き出した絵本には見覚えがある。

 村にいた頃、年に何回か子ども向けの読み聞かせ会があって、その時に読んでもらったお話だった。


 懐かしい、と小さく溢せばメティちゃんはお目目をキラキラと輝かせた。


「ダイリちゃん知ってるの!?」

「うん、子供の時に読んでもらったことがあるんだ」

「メティにも読んで!」

「いいよ。あ、でも明日でも良い? ちょっと用意したいものがあるんだ」


 ただ読むだけでも楽しいが、やってみたいことがある。

 私だけでは実行までは出来ないのだが、タイランさんにも協力してもらえるだろうか。

 それからおやつを題材とした本なので、魔王様も気に入りそうである。どうせなら声をかけたい。


「それから魔王様にも声をかけたいんだけど、いい?」

「うん、いいよ」

「じゃあ明日呼びに行くね」

「待ってるね!」


 メティちゃんの本を預かり、彼女は他の本を探しに行く。そちらはグウェイルさんに読んでもらうのだろう。


「あら、おやつの聖女さん」

 メティちゃんと分かれてすぐにオルペミーシアさんが降りてきてくれた。彼女に本来の目的の本を探してもらい、図書館を後にする。


 真っ直ぐと向かうのはタイランさんの部屋。

 絵本を持って事情を話せば、すんなりと頷いてくれた。彼もその絵本を読んだことがあったらしい。明日の約束をして、今度はキッチンに向かう。


「図書館に行かれたのではなかったのですか」

「忘れ物ですか?」


 キッチンに戻ってきた私にミギさんとヒダリさんは首を傾げる。

 おやつ作りも終わって図書館に向かったばかりなのだから驚くのも当然だ。

 彼らに図書館でメティちゃんに会ったこと、それから私がやりたいことを伝える。


「人間界にはこんな本があるのですね」

「レシピ本以外にも料理について書かれた本があるとは……」

「それで、ここのシーンを再現したくて」


 私が指さしたのは物語の終盤で出て来るとあるおやつだった。


「これは……」

「なるほど、面白そうですね」


 ニッと笑った彼らに協力してもらって三種類の味を作る。

 三種類、といっても途中まで同じ鍋で作って味付けを分けるだけ。固める時間があるので、読み聞かせは今日ではなく明日にしてもらった。


「喜んでもらえるといいな」

「喜んでもらえますよ」

「だってこれは……」


 翌朝、三人で味見してから袋に移す。

 魔王様とメティちゃんにプレゼントする分だ。だがそのまま渡すのではない。それらは魔王様とメティちゃんを呼びに行く前にタイランさんに託す。そして彼はポケットにそれらを隠す。


「じゃあ呼びに行くか」

「はい!」


 魔王様にはすでに通信機を使って読み聞かせについて伝えてある。

 王の間に椅子と机を用意しておいてくれるらしい。なので私達はメティちゃんを呼びに行く。裏庭に到着すると、メティちゃんが入り口のところで待っていてくれた。


「メティちゃん、お誘いに来たよ~」

「わ~い。おじいちゃん、行ってくるね」

「ああ、楽しんでおいで」

「うん!」


 メティちゃんと手を繋ぎ、王の間へと向かう。

 魔王様はすでに椅子に座って、今か今かと楽しみにしている。メティちゃんとタイランさんにも席についてもらい、彼らに向き合う形で私も椅子に座る。肩の横に絵本を掲げ、タイトルを読み上げる。


「『魔法使いとおかしやさん』」


 これはお菓子屋を営む老夫婦と魔法使いのお話。

 町で唯一のお菓子屋さんはいつもお客さんがいっぱい。大人も子供も老夫婦が作るお菓子が大好き。けれどみんなが好きなのはお菓子だけではなく、老夫婦たちのことも大好きだ。

 彼らはとても優しくて、月末になるとお菓子屋さんに来られない子ども達のためにお菓子を作っていた。昔は彼らが配っていたものの、年で足が悪くなってからは老夫婦の代わりに、魔法使いが魔法で子ども達におやつを配っていた。


 そんなある月末のこと。

 老夫婦は揃って風邪を引いてしまった。

 彼らは子ども達のためにお菓子を用意しようとするが、魔法使いは彼らに無理はしてほしくないとベッドに押し込んだ。

 そしてこう宣言する。


『今月は僕がお菓子を作る。ずっとおじいさんたちのお菓子作りを見ていたんだから僕だって作れるさ』


 けれど魔法使いは魔法は使えても、お菓子作りをしたのはたったの一度だけ。

 そのお菓子はかつて子供だった魔法使いがおじいさん達からもらったお菓子。たった一度でも作り方はしっかりと覚えている。味もあの時の胸の温かさも忘れる訳がない。彼もまた、幼い頃、お店に来ることが出来なかった子どもだったのだ。

 だから大きくなって魔法を使えるようになってからは、恩返しのために宅配を手伝っている。


 毎月もらえる報酬はキャラメル。

 魔法使いの大好きなお菓子で、今から魔法使いが作ろうとしているお菓子でもある。


 彼はキッチンの脇にあるエプロンを借り、早速キャラメルを作ることにした。

 基本のキャラメルに加え、魔法使いが作ったのは『塩キャラメル』と『紅茶キャラメル』――この三つが魔法使いのお気に入り。魔法使いが大好きなものを子ども達に届けたかった。


 出来上がったキャラメルを人数分の袋に詰めた。

 そしてそれらを入れたバスケットを抱え、空高く飛んだ。


『子ども達の元に届け』

 私がそのシーンを読み上げると、タイランさんがスッと指を振る。

 すると真っ直ぐに絵本を見ていた魔王様とメティちゃんの膝の上に、絵本に描かれている袋と同じ物が落ちて来る。


「本と同じだ!」

「メティの元にもおやつが届いた!」


 タイランさんの転移魔法だ。

 子ども達の元にお菓子が届いたイラストと、自分の元に落ちてきた袋を見比べながら、二人とも大はしゃぎである。


『子ども達の元におやつを届けた魔法使いは、おじいさんとおばあさんの待つ家に戻りました。おやつをもらった子ども達も老夫婦も、魔法使いが頑張って作ったキャラメルを食べます。彼らはみんな、胸が温かくなるような幸せに包まれながら明日を迎えたのでした』


 物語はここでおしまい。

 魔王様とメティちゃんは小さな手を必死で叩いて、大きな拍手を送ってくれる。


「いい話だったな」

「うん! メティ達にもくれるなんて優しい魔法使いさんだった!」

「だがタイランの分がない……。子どもじゃないから魔法使いはタイランの分を用意するのを忘れたのかもしれない」


 魔王様は手の中の袋を見つめながらしょんぼりと肩を落とす。

 メティちゃんは袋を広げ「メティの分けてあげる!」とキャラメルを一粒取り出した。だが優しい二人がタイランさんのことを気にすることは想定内だ。ちゃんと用意してある。私は用意していたキャラメル袋を取り出す。


「大丈夫ですよ。タイランさんの分は私が用意していますから。どうぞ」

「悪いな」

「いえいえ。みんなが幸せな気持ちにならないと、ですから。メティちゃんもこれ、グウェイルさんに渡してね」

「わぁ、ありがとう!」


 ちなみにこのキャラメル袋はシエルさんやオルペミーシアさんの分も作ってある。

 さすがに他の二人の分は自分で配るつもりだ。


「ねぇ、ダイリちゃん。またご本読んで」

「うん、いいよ」

「ズルいぞ、メティトゥール! 我も! 我もまた読んでほしい!」

「後で本を選びに行きましょうか」

「うむ!」


 こうして初めての読み聞かせは大盛況の末、幕を閉じたのだった。


2022年11月のガンガンGAちゃんねるにてピックアップ&朗読をしていただきました!

朗読原稿は朗読劇用に書き下ろしまして、番外編の内容と少しリンクしているので興味を持った方は是非聞いてみてください(´▽`*)とても可愛かったです

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