2.塵取りは難しい
「それでは周りを箒で軽く掃きましょう」
「ほうき?」
「これが箒といって、床に落ちたゴミを集める道具です」
「おお!」
掃除道具の役割とやり方を教えながら、王座の周りのお掃除を進めていく。魔王様は終始楽しげで、特に熱中していたのは塵取り。
「むうう入らんぞ」
「角度とか掃き方とか難しいですよね」
「あとちょっと! あとちょっとなのに!!」
掃くものが多いうちはすぐに入るのだが、少なくなるとなかなか入らない。結局諦めてしまうことも……。どこの世界も同じ悩みを抱えるものである。
特に王の間はゴミも埃もほとんどないので、綺麗に掃き取る難易度はグッと上がる。
魔王様はなんとしても綺麗にしたいと格闘している。
「こういう時は濡れ雑巾で拭き取るという手もありまして」
「ここは箒でやるのだ!」
縁のところにうっすらと残った埃を見つけては地団駄を踏む魔王様は、とても可愛い。
結局最後の最後まで諦めきれず、王座を吹き終わったのは陽がすっかりと暮れた後のこと。
最後に保存魔法をひょいっとかけて、王の間の大掃除は終わり。
ふぅ……っと額の汗を拭う魔王様に付与魔法をかけたタオルを渡す。
時間はかかったがその分、達成感はあったようだ。
「楽しかった! でも人間はこんなことを毎日やっているなんて大変だな」
「慣れると素早く終えられるとはいえ、ちょっと大変ではありますね。そうだ、とても頑張った魔王様にりんご飴をあげましょう」
「本当か!?」
自分から言い出したこととはいえ、魔王様は最後までちゃんと掃除をやり切ったのだ。
ご褒美があった方が嬉しかろう。魔王様も嬉しそうだ。
「キッチンから取ってくるのでちょっと待っててくださいね」
「我も一緒に行く!」
「じゃあ行きましょうか」
ついでに荷物も片してしまおう。
掃除セットをまとめていると、魔王様は箒を持ってくれた。雑巾は洗って干してから後日メティちゃんに返却予定だ。
二人で並んで廊下を歩く。
掃除セットは近くにいた使用人に託し、キッチンへと向かおうとした時だった。魔王様は「なぁ、ダイリ」とこちらを見上げた。
「どうしました?」
「他にはないのか?」
「掃除関連で、ですか?」
「人間ならではのものならなんでも良いぞ!」
「なら洗濯ですね。魔界では魔法で行なっているのですが、人間界だとみんな手か足で洗っています」
「足!?」
「大きなものだと手では洗いづらいので、桶に水を張って、じゃぶじゃぶ踏み洗いをするんですよ。それで洗い終わったら水気を切ってから干して……」
この世界には洗濯機も洗濯板もない。魔界は魔法でサッと済ませられるが、人間界は完全に人力だ。
小さいものは手で、大きいものは足で踏んで洗っている。桶でじゃぶじゃぶと洗うのだ。
温かい季節はいいが、寒い時期だと手がかじかむので大変だった。
といっても、王都に出てきてからはお湯が自由に使えたので困ることもなかった。
村にいた頃が懐かしい。
遠くを見つめていると、魔王様が私の服を引っ張った。
「それは魔界でも出来るのか?」
「桶なら確か予備があったはずですし、干す場所も縄を括り付けられるような木があれば出来ますよ」
「木だな。なら今から探しに行こう!」
「今からですか?」
「りんご飴はその後だ!」
早く早くと手を引かれ、裏庭へと続く廊下を走る。
周りは何事かと驚いていたが、魔王様が一緒だからか、スッと道を開けてくれる。
「どんな木がいいんだ?」
「細すぎなければ。それから縄を張るのに木が二本必要で、その間にまっすぐに縄が張れるのが理想です。日当たりも良ければ言うことなしですね!」
「ふむ、ならあの木なんていいんじゃないか?」
魔王様は遠くの木を指差した。
陽を遮るような障害物もなく、物干し場としては適していると言える。ただ一つだけ問題があった。
「あそこに洗濯物を干すとなると、花壇の日を遮ることになります」
あくまで『干し場を作るとすれば』という話なのでそこまで考える必要はない。
ただグウェイルさんとメティちゃんが元気に育ちますようにと丹精込めて育てていることを知っている身としては、仮定の話でも邪魔になるようなことはしたくなかった。
「だから干すならあっちの木がいいかなと」
「なら明日、あそこに縄を用意させよう」
「え?」
「洗濯し終えたものを干す場所が必要なのだろう?」
「魔王様、お洗濯もやりたいんですか?」
「うむ!」
魔界でも人間の洗濯は出来るかという問いは、やりたいという意味だったようだ。




