1.魔王様はお掃除がしたい
「ふ〜ふ〜ふ〜ふ〜ふ〜ん」
キッチンワゴンを転がしながら鼻歌を歌う。
今日のおやつは牛乳とオレンジのゼリー。今まで作ってきた牛乳ゼリーは中にフルーツを入れる、いわばオレンジ入りの牛乳寒天のようなものだった。
だが今回は牛乳ゼリーの上にオレンジのクラッシュゼリーを載せた。
二種類の食感と味が楽しめるように工夫したのだ。
ミギさんとヒダリさんには好評で、魔王様にも喜んでもらえると思う。
タイランさんは今日一日、釜から離れられないらしく、直接反応を確認することは出来ない。けれど後日、感想を聞くことは出来る。
喜んでもらえたら他のフルーツでも作ってみよう。
フルーツを数種類使うのもいいし、牛乳ゼリーの部分を他のものに変えるのもいいかもしれない。
どんな組み合わせがいいかと考えるだけで、自然と頬が緩んでしまう。
「魔王様、おやつですよ〜」
ドアを開けてもらい、王座で待っているだろう魔王様に呼びかける。
だが目の前に広がった光景に思わず、固まってしまった。
「ダイリ、ようやく来たか!」
「えっと、これは一体……」
私が初めて来た時からあった絨毯も、おやつの時間になると用意されるテーブルセットも何もない。装飾品の類も全て外されており、残っているのは玉座とその周りの絨毯だけ。
昨日は確かにあったのに……。
一体何があったのだろうか。
目をパチクリとさせていると、魔王様はタッタッタと階段を駆け降りてくる。
「驚いたか? 今日は年に一度の『王の間大掃除』の日なのだ!」
「王の間大掃除の日?」
「普段は保存魔法をかけているが、年に一度は全て掃除や洗濯をするのだ」
「なるほど」
前世で言うところの年越しの大掃除か。
今世の人間界でも年を跨ぐ少し前から掃除を始めていた。魔界でも似たような文化があったらしい。タイミングはひどく中途半端だが。
魔王様の話によれば、床の掃除は午前中に終わっていて、今は絨毯と装飾品の洗濯を行なっているそう。
ゼリーをもぐもぐしながら教えてくれた。
「全部終わったら我がまた保存魔法をかけるのだ」
「なるほど」
「ところでこのぷるぷる、初めて見たぞ?」
「それは他と食感が変わるよう、完全に固まる前にわざと崩したんです」
「美味しいな。明日もこれが食べたい」
「本当ですか! 実は他にも何パターンか作ろうと思っていたんです」
「それは楽しみだ!」
クラッシュゼリーがとても気に入った魔王様は二つ目のカップに手を伸ばす。
そこでふととあることが頭に浮かんだ。
「そういえば玉座とその周りはお掃除しないんですか?」
玉座とその周りだけ手付かずの状態で残っているのだ。
さすがにこれを回収することは出来ないと残したのかもしれない。だがこの辺りだけ色々残っているのは違和感がある。
「ダイリと一緒にやろうと思って残しておいたのだ!」
「私と?」
「以前メティトゥールがダイリとお掃除をしたと話していたことを思い出してな、我もやってみたいと思ったのだ!」
メティちゃんは窓拭きがよほど楽しかったようだ。
その時使った雑巾を持ってきて、魔王様の前でやって見せたらしい。
「雑巾はメティトゥールから借りてある! だが我は掃除なぞしたこともない。人間のやり方もよく分からん。だからダイリを待っていたのだ!」
「そういうことでしたら私も掃除道具を借りてきます」
「雑巾ならちゃんと二枚あるぞ?」
ほれ、と見せるように左右に一枚ずつの雑巾を掲げる。一体どこから取り出したのだろうか。
メティちゃんから借りたとの宣言通り、端っこには『メティトゥール』とお名前が書かれている。他の物と混ざってしまわないように、グウェイルさんが書いたのだろう。
メティちゃんと魔王様が雑巾を貸し借りするような仲であることも合わせて、なんだかほっこりとする。
私とタイランさんが来るまでは魔王と使用人の孫ということで、あまり交流がなかったそう。だが仲良しなのは良いことである。
温かい気持ちを抱えながら、魔王様に微笑みかける。
「周りの掃除もするなら箒と塵取りも必要ですし、それからバケツも取ってこないとですから」
「ふむ、人間の掃除には色々と準備がいるのだな」
「じゃあちょっと行ってきますね」
まだおやつ中の魔王様を残し、シエルさんを探す。
すると彼女はすでに話を聞いていたようだ。掃除セットを一式持って待っていてくれた。
「ダイリ様、こちらをお使いください」
「ありがとうございます!」
それらを抱えて戻る。
キッチンワゴンはすでに回収されており、魔王様の方もすぐに掃除を始められそうだ。
書籍版『捨てられた聖女はお子さま魔王のおやつ係になりました』が発売しました!(書店さんによっては15日発売のところもあるようです)
また今回はサイン本も販売して頂けることになりました(* ´ ▽ ` *)販売店舗様は活動報告をご覧ください




