エピローグ
魔王様は用意したパンケーキを平らげてから、紅茶を楽しむ。
「ところで今日は何が特別なのだ?」
「今日は魔王様が一緒におやつ弁当を食べようと言ってくれた日からちょうど一年が経った日なんですよ」
「もうそんなに経っていたのか……。早いな」
あれからもうすぐ一年。
本当に長い間、タイランさんを待たせてしまった。けれど彼はそんな様子を全く見せずに、隣で笑ってくれた。
一年ぶりに行った人間界で、私達がしたことといえば本屋さんに行って大量の本を買い込むこと。そして心配をかけた人達へのお土産物を探すことだった。
想いを通じ合わせた男女の行動としては少しずれているかもしれない。それでも私達らしい。
どちらからともなく伸ばされた手を繋ぎ、様々な店を見て回る。
露天商には捕まってしまったけれど、それらを見ている時間も楽しかった。
ミギさんとヒダリさんには人間界の調味料。
シエルさんにはカラフルな石鹸。
オルペミーシアさんには各地のステンドグラスが描かれた画集。
グウェイルさんには人間界の花の種。
メティちゃんにはテディベア。
ケルベロスには犬用おもちゃ。
魔王様には何がいいか。
二人で大量のお土産物を手に、同じところをグルグルと回る。
そしてふと、ケーキ屋さんのショウィンドウが目に付いた。
「ホットケーキ!」
貼られていたウェディングケーキの広告を見ておやつ弁当を食べようという約束を思い出したのだ。
お弁当を食べる約束もそうだが、アイスとジャムが載ったホットケーキも帰ってきたら作ってあげようと思っていた。
けれど私がずっと落ち込んでばかりで、叶えることが出来なかった。
だが今なら何枚でも焼いてあげられるし、アイスもジャムもたっぷりと用意出来る。
首を傾げるタイランさんにそのことを告げると、それはいいと笑ってくれた。
二人で話し合い、日程はあの日からちょうど一年が経った日にすることに決めた。
「なら魔王への土産は紅茶にしよう。ホットケーキに合う茶葉を選ぶんだ」
「はい!」
紅茶の専門店でああだこうだと話し合った茶葉は、無事、魔王様の口にあったようだ。
だが今日はホットケーキを食べるだけではない。
もう一つ、私にとって大切なことがあった。
完全にリラックスしきっている今がチャンスだ。
「魔王様」
「どうしたんだ、改まって」
「もうすぐ二年が経ちますが、これからも私を魔王城のおやつ係として雇ってもらえませんか?」
もうすぐ私が魔王城に来てから二年が経つ。
近々、オリヴィエ様もこちらに越してくるとの連絡があった。初めの約束通りなら、私はもうすぐおやつ係ではなくなる。
だが許されるのであれば、この先も魔王城でおやつ係として働き続けたい。
よろしくお願いします、と頭を下げれば、魔王様は丸い目をパチクリとさせた。
「魔王城のおやつ係はダイリしかいない。居なくなられては困る」
その言葉に一気に力が抜けた。
目からはつうっと涙が零れる。悲しいものではない。うれし涙だ。
タイランさんと魔王城の人達は私に幸せを教えてくれた。
そんな場所に、正式な私の居場所が出来た。それが何より嬉しかった。
タイランさんは「だから心配はいらないと言っただろ?」と肩を抱いてくれる。
「だがそうか、二年が経ったとなると、名前も変えねばなるまいな。ダイリではなく……」
「魔王たちはダイリのままでいいだろう」
「なぜだ?」
「俺だけが呼びたい」
「過ぎた独占欲は身を滅ぼす、とオルペミーシアが言っていたぞ」
「メイリーンのために滅びるなら悪くない。」
ちゃんと呼ばれるのは初めてだ。
独占欲の孕んだ言葉に思わず顔が真っ赤になる。魔王様は呆れたような目をしてから、小さくため息を零した。
「我は我慢の出来るいい子だからな。これからもダイリと呼ぶ。いい子だからな!」
いい子、いい子と繰り返す魔王様が要求するものは分かっている。
「りんご飴を用意させていただきます」
「うむ!」
「俺も食べたい」
「タイランはダメだ。タイランの特別は名前で、我の特別はりんご飴なのだ!」
「なるほど。それは仕方ないな」
真面目にそんな話をする二人がおかしくて、笑みがこぼれる。
二人は不思議そうにこちらを見つめていたが、やがて私の笑みがうつったように笑い始めたのだった。
(完)
これにて完結となります。
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