6.再会
四日後、タイランさんに呼び出しがかかった。
私は魔王様と約束していたおやつ弁当を渡し、王の間に描かれた転移魔法陣に乗った。
眩い光を受け、ゆっくりと瞼を開く。
目の前には約一年ぶりとなるジュードの姿があった。
最後に会った時よりも随分とやつれている。それだけ相手の女性が大事だったということか。なら手を離すなよ、と怒りが増していく。
「久しぶり、ジュード」
「メイリーン? 本物、なのか?」
「そう、本物。あなたが捨てた女よ」
「会いたかった……」
ジュードは涙をポロポロと溢して抱きついてくる。
「離れてよ」
「メイリーン、会いたかった……」
なぜジュードは捨てた女との再会を喜んでいるのか。
状況が理解できない。愛する女性と勘違いしているのかとも思うが、彼が呼んでいるのは間違いなく私の名前だ。
一体どうなっているのか。
タイランさんに救いを求めようと振り返れば、彼は「メイリーン、だと?」と私の名前を呟きながら固まっている。
てっきり本名を知っていて、嫌味を込めて『ダイリ』と付けたのだとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。
私もこの一年でダイリと呼ばれることに慣れていたので、本名で呼ばれると少しむず痒い。
それでもこの状況で唯一の味方がタイランさんなのだ。
「タイランさん、どういうことですか」
状況説明を求める。けれど私に教えてくれたのは彼ではなく、ジュードだった。
「遅くなってごめん。でもやっとあの日、メイリーンを傷つけた犯人が見つかったんだ」
どういうことか。私を傷つけたのは他でもないジュードだ。
キッと睨みつければ、悲しそうに笑った。そして背後へと視線を動かした。
ジュードの視線の先にいたのは捕縛された姫様と数人の男達だった。
服装を見る限り、男達の身分や職業はバラバラ。中でも神官服と騎士団服が目立った。
「あいつらは変身魔法を使って俺になりすまし、俺とメイリーンを引き離した」
「探索妨害魔法をかけたのは俺たちじゃない!」
「黙れ!」
ジュードは心底忌々しいと言った様子で彼らを睨みつける。タイランさんが魔王城に帰ってきている間に見つけたらしかった。
私がジュードと会ったのは教会からほど近い場所なので、目撃していた人がいたのかもしれない。
「傷つけてごめん。けど俺はずっとメイリーンを愛し続けている」
深い傷を負ったあの一件は全てが偽物で、本物の彼は私をまだ求めてくれている?
「村に帰って式を挙げよう」
耳元で囁かれたセリフに頭が真っ白になる。
悪者を知っても、私はもうジュードを好きになることはできなかった。
ましてや罵声を浴びせることも、殴る気力すら起きない。
「なんでもっと早く探してくれなかったの?」
ただその一言に尽きる。乙女の時間は貴重なのだ。
一日、一ヶ月、一年先も同じ気持ちで居続けるなんて出来やしない。
私を思っているというのなら、偽物よりも早く会いに来て欲しかった。手紙なんかで済ませないでちゃんと探してくれればよかったのに……。
「メイリーン?」
頬に伸ばされた手を軽く振り払う。
「なん、で……」
「偽物はすぐに会いにきてくれた。連絡をもらえた時、私はとっても嬉しかった。だから傷付いて、苦しくて辛かった。でもね、この一年で終わりにしようと思えたの。前を向くことが出来たの……。なのに、なんで今さらそんなこと言うの?」
こんなこと言いたくはない。
けれど一年は長い。知り合いもいない新しい場所で一から自分の場所を作れるくらいには時間があった。
魔界の人達は優しい人ばかりだから救われているところも多い。それでも手放したものを忘れられるわけじゃない。
それに私はこの一年、あの日の彼が本物だと思い続けていた。
それを今更『偽物だった』なんて言葉だけで片づけることはできない。
「ごめん……ごめんな、メイリーン。俺の弱さがメイリーンを傷つけた」
ジュードの涙が胸に突き刺さる。けれど受け入れることはできない。
彼を受け入れてしまえばこの先、何度もあの日を思い出してしまいそうだから。
簡単に許せるような諍いでさえも、深く深く傷つくことが目に見えている。
だから彼の手を取らない。彼になら傷つけられても構わないと言えるほどの信頼は時間とともに消えてしまったから。
「愛していた。けれどごめんなさい。私達が同じ道を歩くことはできない」
「待ってくれメイリーン!」
「さようなら」
「嘘、だろ?」
彼の隣にいるのは私じゃない。別の道を歩くのがお互いのためだ。
へたり込むジュードに別れを告げ、タイランさんに声をかける。
「帰りましょう」
「いいのか?」
「はい」
小さく頷けば、転移魔法陣の上に案内してくれる。
この先、何度もこの決断に後悔する日が来るかもしれない。それでもこれが、あの日捨てられてから精一杯生きた私の答えなのだ。
転移魔法陣に乗る直前で振り返ったが、ジュードが追ってくることはなかった。
その場で肩を落とすばかり。小さく動く口から紡がれた言葉が私の耳まで届くことはない。
これで、今度こそ私の長い恋は終わりを告げたのだ。
大きな一歩を踏み出して転移魔法陣に乗れば、優しい光が私を包み込んでくれた。
別れを告げた後も私の生活が変わることはなかった。
タイランさんも何も言ってくることはない。名前もダイリのまま。
付与魔法の件はなんだか聞きづらくて放置してしまっている。知らなくて困ることもないので今後も知らないままなのだろう。
こうして今も変わらず、毎日彼らのためにおやつを作っている。
あの後、教会と国がどうなったかは分からない。それにジュードも。
ジュードとお別れしたことが、間違った判断だとは思わない。あれで良かった。
そう思うのに、彼と過ごした日々を思い出すと胸が苦しくなる。
変身魔法さえなければ、幸せになれたのではないか。
そんな馬鹿なことを考えてしまうのだ。
変身魔法自体が悪い訳ではない。
あの魔法のおかげで魔人は人間界に向かうことが出来て、そのおかげで魔王様は人間と和平を結ぼうと思ってくれた。
悪いのは、そんな可能性を生み出してくれた魔法を悪用しようとした人。
そして偽物に気付かなかった私と、一年近く会いに来てくれなかったジュード。
「あの魔法は姫がかけたものだと判明した。ばあさんには及ばないとはいえ、あの女もかなりの実力者だ。ダイリはここに来てから初めて変身魔法の存在を知った。その上、感情が大きく揺さぶられるようなことを言われれば、見破ることなんて出来なかった。ダイリは何も悪くない」
タイランさんは何度も励ましてくれる。
それでもあの時見えていた未来を、あったかもしれないその先を考えてしまうのだ。
帰ってきたジュードと結婚して、生まれた子どもと三人で穏やかな生活を送る。
そんな夢を何度も見る。私は幸せに包まれていて、起きた時に夢だと知って絶望する。ドッと溢れ出た冷や汗を拭って、キッチンへと向かう。
遅い時間だからか、ミギさんもヒダリさんもいない。
いつもの二人がいないだけで、ただでさえ広いキッチンが広くて冷たいものに感じる。でも今の私にはちょうど良かった。
冷蔵庫に保管したパイ生地を取り出し、他の材料も用意する。
いつからだろう。ラズベリーパイの材料が全て冷蔵庫に揃えられるようになったのは。二人は私の奇行に気付いているのだろう。それでも何も言わず、今まで通りに接してくれる。
その優しさに甘えて、今日もラズベリーパイを作る。
ジュードの好物で、幸せの象徴でもあったおやつは私の大嫌いなおやつと成り果てた。
焼き上がったばかりのパイにナイフを突き刺し、大きめに切り分ける。紅茶の用意も済ませ、深夜のキッチンで食べ進めていく。
口の中に広がる甘さに涙がボロボロと溢れる。
上手く飲み込めないそれを胃の中に押し込めるために紅茶で流し込む。胸が苦しくてたまらない。
不毛なことだと、自分でも思う。
それでも何度も焼くのは、パイと一緒にジュードとの思い出を消化してしまいたいから。
終わりなんて、いつ来るのか分からない。
終わりが見えずとも、私はこの行為を繰り返す。
それが今の私が唯一思いつく、過去と決別するための方法なのだから。
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