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6.オリヴィエからの相談

 背筋をピンと張り、ここしばらくの自分の行動を思い出す。ジュードが帰ってくると浮かれて、何かミスをしていたかもしれない。

 もうすぐ去るからこそ気を引きしめなければならなかったのに。背中にダラダラと汗が伝う。


 だが私に落とされたのはお叱りの言葉ではなかった。


「そういうのじゃないのよ。少しお話ししたいことがあって……。ただ、寮では少し話しづらいことだから、私の行きつけのお店でお茶でもしながら話さない?」

「は、はい!」


 寮では話しづらいことって何だろう?

 疑問に思いながらも、荷物を手に持ったまま先ほど通ってきた道を戻る。路地をずうっと真っ直ぐ歩いて、服屋さんへの曲がり道も通り過ぎる。そして教会から十五分ほど歩いたところでようやく右に曲がって、そこからは入り組んだ道を通っていく。


「ここよ」

 目的地にたどり着くまでにどのくらいかかっただろうか。途中から時間の感覚が薄れていたように思う。道順も覚えていない。


 オリヴィエ様が立ち止まったのは、店というよりも小屋の前だった。それもかなりオンボロの。看板も出ていなければ、ライトさえ付いていない。


 連れてきてくれた相手が尊敬する人でなければ速攻で逃げ出していたことだろう。

 小さく口を開けながら店を眺めていると、オリヴィエ様は平然と店の中に入っていく。慌てて彼女に続くようにドアをくぐる。


 店内に一歩踏み込んだ途端、視界が一気に華やいだ。


「わぁっ、すごい……」

「ふふっ驚いた? ここは店全体に付与魔法がかかっているの。招かれざる客は絶対に入れないし、個室に入れば外に会話も漏れない。密談にはピッタリなのよ」

 外観を偽装しつつ、入り口にも何かしらの仕掛けがなされているのだろうか。それに店の中にも。


 付与魔法といえば、私が教会で使ってきたような肉体強化や回復の魔法が一般的である。だがそれ以外の使い方があることもオリヴィエ様から教わった。付与魔法は魔法の中で最も可能性に溢れた魔法なのだと。


 この店だけで一体いくつの付与魔法が使用されているのだろうか。どんな効果の付与魔法がされているのかさえ全く予想が付かない。こんな使い方もあるのかと、煌びやかな店内を見渡すばかりだ。


「オリヴィエ様、お待ちしておりました」

 店の人に案内され、個室へと通される。その際にオリヴィエ様が注文していたアイスティーだが、机の端に置かれているメニューを目の端で確認しても値段が書いていない。


 すぐに運ばれてきたグラスは非常に細工が凝っていて、高級品の風格を漂わせている。

 私にも払えるお値段だったらいいのだが……。服の上から少し多めに入っている財布を撫でる。


「実は私、見習いの子たちが教会を去った後、とある魔法使いのサポートとして魔界に派遣されることになっているの。期間は決まっていないけれど、私ももう長くはない。きっと死ぬまで魔界勤務のままだわ」

「オリヴィエ様……」

「幼い頃に力が発現してからずっと教会で働いてきて、大聖女になって。ようやく好きに生きられると思ったの。でも魔界に行ってくれって言われてしまって……。見たい景色や行きたい場所がたくさんある。先立った家族や友人たちのお墓参りもしたい」


 そう話すオリヴィエ様の手は震えていた。貴族出身で強大な力を持つ彼女を取り巻く事情はよく分からないけれど、家族のお墓参りさえ自由に行けないなんて絶対におかしい。

 その他の願いだって本当にささやかなものだ。長年国に尽くしてきたのに、まだまだ働けなんてそんなの酷すぎる。


「こんなことを若いあなたに頼むのは申し訳ないのだけれど、二年間、私の代理として働いてもらえないかしら」

「私でよければ!」

「いいの? 頼んだ私が言うのもおかしいとは思うけれど、行き先は魔界よ? 二年間、ずっと帰れないかもしれない」


 私の即決に驚いて、オリヴィエ様は弱気になる。だが行く宛も働き先の目処も付いていない私にとって、二年帰れないくらいどうってことはない。


 二年といえば聖女見習いとして王都にいた期間とほぼ同じである。

 ただただ待ち続けたあの時間と、尊敬する人の役に立てる時間。未来の自分に誇れるのは確実に後者だ。


 それに王都にいた間も手紙のやりとりこそあれ、一度も家に帰ってはいない。なのにこんなことになってしまって、この先、村に顔を出すことが出来るかすら怪しいものだ。


 少なくとも今は無理。主に私の精神が持たない。だから帰らないで済む理由が出来ることは、私にとってプラス情報である。

 魔界行きに不安があるとすれば、オリヴィエ様の代理をちゃんと務めることができるかという点である。


 魔界行きに抜擢されたのはきっとオリヴィエ様が優秀だったからだ。私なんて彼女の足元にも及ばない。当然だ。数年働いた程度で追いつけるようなお方ではないことくらい、教会にいる者なら誰でも知っている。そもそも聖女見習いの監督役なんてやっていること自体がおかしいくらいなのだ。


 それでもオリヴィエ様から得たものを少しでも返せると言うのなら、捨てられた女の二年くらい差し出そう。彼女の震える手を両手で包み込み「二年なんてあっという間ですから」と明るく笑ってみせる。


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