5.願掛け
「タイランさん。今度王城に行く時、私も連れて行ってくれませんか?」
「俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
「ジュードを殴らせてください」
オリヴィエ様は恩人だ。右も左もわからぬ私に優しく魔法の使い方を教えてくださった。その上、私を守ってもくれていた。
私の提案は彼女の好意を無碍にすることだ。
それでも、身勝手な男を殴りたいという衝動を抑えることはできない。
「もしかして知り合い、なのか?」
「幼馴染です」
そう告げれば、タイランさんと魔王様は揃って目を丸くする。
まさかここに有力な情報を持っていそうな女がいるとは思わなかったのだろう。
だが私は使える情報なんて何一つ持っていない。
幼い頃からずっと一緒だったのに、もう何も分からない。
彼の好物だと思っていたラズベリーパイだって、本当に好きだったのかさえも怪しいのだ。
長い時間をかけて踏みつけられて。彼と共に歩いてきたと思っていた道を振り返ったところで、あるのは愛情ではなく深い後悔。
ラズベリーの赤がべったりと地面に染み込んでいる。
あの時、一発でも二発でも殴ってやればよかったのだ。
殴って、最低だと罵って。スッキリして終わればよかった。
拳を固めてわなわなと震える私に、タイランさんは心を決めたらしい。
「殴らせてもらえるかは分からないが、それでもダイリを守ることだけは約束しよう」
「ありがとうございます!」
それから呼び出しがかかるまで、私達はいつも通りの日々を過ごすことにした。
どうせすぐに戻ってくることになると、持っていく予定だったおやつは三人で食べてしまおうという話になった。
ちょうど残りのおやつも私の手の中にある。タイランさんに渡すつもりだったおやつも持って、王の間に集まることにした。
袋に詰めた分は一人分とはいえ、そこそこの量がある。何日かかるか分からなかったので、多めに作ったのだ。
けれどこれらは全て、今日のうちに食べ尽くす。
すぐに帰ってこられますようにという願掛けのようなものだ。
「このマドレーヌ、いつもと少し違うな。いつものもいいが、こっちも美味いぞ」
「レシピをちょっと変えたんですよ」
「ジャムクッキーってもうないのか?」
「もう食べちゃったんですか!? 結構な量、作ったのに……」
「全然足りない」
「我はうずまきクッキーがもっと食べたいぞ」
「今度またいっぱい焼きますね」
「今日はもう終わりか?」
魔王様は目をうるうるとさせながら、可愛いお顔でこちらにアピールをする。
けれど今日はこれで終わり。
今日の分のおやつを食べた上で、これらのおやつを消費しているのだ。これ以上食べたら食べ過ぎになってしまう。
「明日も明後日も、その次だっておやつがあるんですから、今日くらい我慢してください」
ずっとずっと。二年という期間が過ぎてもここに残りたい。そんな気持ちを込めた。
すると魔王様は肩を落とし、ちょんっと唇を尖らせる。
「だがいつ呼び出されるか分からんのだろう?」
どうやら自分だけ置いていかれるのが気に入らないようだ。
だからといって、魔王様を連れて行けば騒ぎになることは目に見えている。我慢してもらわなければならない。
「なら行く前に魔王様用のおやつ弁当を残していきます」
「おやつ弁当?」
「ボックスにおやつをいっぱい詰めておくんです」
「そんなもの、一日もせずに食べ終わってしまう」
すでにタイランさんの不在を二週間も体験した後だからか、大量のおやつよりも寂しさが勝ったようだ。頬を膨らませて俯いてしまう。
そんな愛らしい魔王様の頭を撫でながら、物騒な言葉を吐く。
「勇者を殴って文句言うだけですから、すぐに帰ってきますよ」
長居する気などない。期間限定でも、今の私の帰る場所はこの魔王城だ。
必ずタイランさんと一緒に戻ってくる。強い意志を込めて彼を見つめると、小さく頷いてくれた。
「……分かった。だからこのクッキーも入れてくれ」
それからあれもそれもと、次々に指差していく。
ここにはないおやつも挙げられ、全てをボックスに入れることは難しくなる。
けれど魔王様だってその全てを入れろと言っているわけではない。『ホットケーキを二十枚・アイスとジャム山盛り』だなんてどう考えたって入りきるはずがないのだから。
だから早く帰って来いと言いたいのだろう。
タイランさんはその場でしゃがみ、魔王様と目線を合わせる。
「待たせて悪かった。今度は早く済ませて帰ってくるから」
「約束だぞ? 破ったらタイランの分のおやつをしばらく我がもらうからな?」
「なら早く帰ってきたらおやつ弁当の中身を分けてもらうことにしよう」
「……早く帰ってくるなら、分けてやってもいいぞ?」
「その時はまた魔王と俺とダイリの三人でおやつを分けよう」
「うむ、待っているぞ!」
タイランさんの描いた計画に、魔王様の機嫌はすっかりと治ってしまった。
お弁当はどこで食べようかと考え始めている。まるでピクニックにでも行くかのよう。
楽しそうな魔王様が待っていてくれると思うと、私の心も少しだけ軽くなっていく。
「あ!」
「どうしたのだ?」
「牛乳ゼリーも作っていたの忘れてました」
驚きの話が続いたせいで、冷蔵庫で冷やしていたゼリーのことなど、今の今まで忘れていた。
まさかの追加おやつにタイランさんも魔王様も目を丸く見開いている。
先ほどまで落ちついて話していた二人とは思えない。だが今が一番平和で、いつもの彼ららしい。
「食べる!」
「持ってくるので待っていてくださいね」
「待っているから焦らなくて良いぞ」
おやつ好きの二人を王の間に残し、本日何度目かになるキッチンへと駆けるのだった。
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