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1.タイランの帰還

 タイランさんが戻ってきたのは、呼び出しの手紙が来てから二週間後のことだった。


 二日に一度送られてくる手紙を抱きしめ、魔王様はずっとそわそわとしていた。

 おやつを少しだけ残すようになったので、訳を聞いてみたところ「帰ってきた時におやつがなかったら悲しむだろう?」と教えてくれた。私も私でストックを多めに作っている。



 二人でまだかな~と転移魔法陣があった場所を眺めて過ごす。

 するとピカッと光って、タイランさんが出てきたのだ。


「ただ、いま……」

 ただし、ヘロヘロの状態で。


「おかえりなさい。えっと、大丈夫ですか?」

 よほど大変なことがあったのか、そのまま床に倒れ込んでしまった。


「ダイリのドーナッツが食べたい」


 それだけ告げるとプツリと意識が途切れたようだ。ピクリともしない。人間同士で大きな揉め事があったのか。


 お疲れなタイランさんに私が今すぐに出来ることといえば、毛布をかけることと、彼の希望したドーナツを揚げることだけ。


「魔王様、タイランさんを見ていてあげてください」

「うむ。何かあったら連絡するから通信機はちゃんと持っておくのだぞ?」

「はい!」


 タイランさんを魔王様に託し、キッチンへと走る。


 そしてミギさんとヒダリさんにも協力してもらって一口ドーナッツの生地を作る。

 二人にはプレーンを、私はタイランさんが好きなレーズン入りのドーナッツを揚げることにした。


 お皿に山盛りにして、牛乳とセットで王の間へと運ぶ。

 魔王様はタイランさんの横にピタリとくっついている。私の姿を捕らえると、彼の身体をゆさゆさとゆすり始めた。


「タイラン。ダイリがドーナッツを作ってくれたぞ。できたてあつあつだぞ」


 そう告げるとタイランさんがもぞもぞと動き始める。まだ怠そうだが、目を薄く開きながら、鼻をスンスンと動かしている。


「熱いから気をつけてくださいね」


 さすがの魔王様も今回ばかりは自分の分を主張する気はないようだ。

 タイランさんが上体を起こす手伝いをしながら「いっぱいあるからな。好きなだけ食べるといいぞ」と声をかけている。


 再び眠りに付きそうなタイランさんはドーナッツへと手を伸ばす。そして一口食べると両手を伸ばしてもしゃもしゃと食べ始めた。


「牛乳もありますからね」

「ん」


 少しは残るかと思ったドーナッツは見事完食。瓶になみなみと入れてきた牛乳も残らなかった。


 魔王様は少しだけ悲しそうだ。

 だが食べた分だけタイランさんは回復したようで、少しだけ人間の顔をするようになった。


 それでも顔色は悪いままだし、ヒゲも伸ばしっぱなし。

 目の下にはクッキリとしたクマが出来ている。生活魔法のおかげでローブには一切汚れがなく、髪も綺麗なままなのが違和感を引き立てている。



「やっぱりここが落ち着く」

「何があったんですか? もしかしてどこかの国に攻め込まれて……」

「いや、そうじゃない。人探しに手こずっているだけだ」

「人探し?」

「勇者が結婚を約束していた女性が失踪した」

「は?」


 食べ物をお腹に入れたタイランさんは眠くなってきたのか、うつらうつらと船を漕ぎながら今回の召集内容を教えてくれた。




 ブツブツと途切れながらも紡いでくれたタイランさんの話をまとめるとこうだ。


 女性が失踪したのは勇者一行が戻ってきてからわりとすぐのことだと思われる。失踪した原因は、おそらく姫様との結婚なんて噂が流れたから。


 実際一部の王家や貴族、教会は大聖女である姫との婚姻を半ば強引に進めようとしていた。

 メディアに報じられたのも彼らの策の一つ。相手の女性が信じてしまうのも仕方のない状況ではあった。


 だが勇者は帰ってからすぐに『必ず帰るから待っていてほしい』という旨の手紙を送ったらしい。


 勇者は彼女が待ってくれていると確信し、二ヶ月前に村に戻った。だがそこに愛する人の姿はなかった。そもそも村に帰ってきてすらいない。


 信じてはもらえなかったのだろうと嘆き、国を救ったのにこの仕打ちはないだろうと激怒。彼女が見つからなければ原因となった姫を殺すとまで言いだした。


 姫だけではなく、彼女との結婚を進めようとした者や計画に少しでも関わっていた者を全員許しはしないと。



 これはマズイと国をあげて捜索を開始したのが二ヶ月前のこと。


 だがまるで見つからない。そこで魔法を広範囲に展開出来るタイランさんが呼ばれたらしい。


 本人は何が国防の危機だ。痴話喧嘩に人を巻き込むな。いい迷惑だとぼやいている。

 それでもこの様子ではしっかりと役目を果たしてきたに違いない。なんだかんだで真面目な人なのだ。


 勇者と結婚の約束をしていた女性とやらが全く見当がつかない上、初めから私を捨てるつもりだったことに苛立ちを覚える。



 この際、二股していたことは許すとしても、なぜ村長の息子との結婚を止めたのか。

 他の女性と結婚する予定があったのなら、むしろ好都合であったはず。止める理由がない。


 人の結婚を邪魔しておいて、自分の愛する人との未来を妨害されたと嘆くとは自分勝手すぎる。


 昔から知っている私や原因を作った王家と教会はともかく、関係のないタイランさんまで巻き込んで一体何がしたいのか。頭が痛い。


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