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◆勇者となり、英雄となった男(後編)

 ジュードはますます『特別な時間』にのめり込むようになり、仲間はそれ以上何も言ってくることはなかった。



 帰還してから数カ月が経っていることに気付いたのは、和平一周年記念パーティについての話が上がったから。


 もうそんな時期か。タイランも戻って来るのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えていた。


 パーティの話を進めていると、花の話になった。当日はそれぞれに花束を渡されるのだという。好きな花があればそれを中心に組ませてもらうと、用意してくれたものだ。その中でとある花が一際目を引いた。


 クレマチス――メイリーンが好きだった花だ。


 彼女の笑顔を思い出して、ようやく「村に帰らないと」と思い始めた。


「村に帰りたい」

 ポツリと呟いた。すると仲間は「ようやく腹を決めたか」と呆れつつも、転移魔法の準備をしてくれることとなった。


 見本として用意されていた花で花束を作ってもらい、転移魔法陣に乗る。


 実に四年ぶりの帰還だ。メイリーンも家族も喜んでくれると信じていた。だが村人はジュードを見つけると歓迎するどころか、スッと目を逸らしてしまう。


 四年も経てば若干見た目は変わる。村にいた頃よりもガッシリとしたから、誰か分からないだけだろう。深く気にすることはなく、実家へと戻った。


「ジュード……」

「あんた、帰って来る気あったのね」

「そりゃあ帰って来るって。メイリーンにもそう伝えたし、聞いていないのか? まぁいいや。俺、メイリーンの家に行ってくる」


 両親は何とも言えない表情を浮かべていた。

 メイリーンには手紙を出したが、両親には何も伝えていない。彼女に手紙を出せば伝わると思っていた。



 言っておいてくれれば良かったのに。

 そう思いながら、メイリーンの家のドアを叩いた。けれど彼女の兄から伝えられたのは想像もしていない言葉だった。


「メイリーンなら帰ってきていませんよ」

「どこかに行っているんですか?」

「三年前から王都に。それから帰ってきていません」


 四年ぶりの会話だが、妙に言葉が固い。年の差はあれど、仲良くしてもらっていたはずだ。


 だがそんな小さな変化よりもメイリーンの不在が重要だ。


「でも聖女見習いが暇に出されたのはもう一年近くも前で。それから一度も帰ってきていないなんて……。家族思いのメイリーンがなぜ?」

「分かりません。でも、あの子のことはもう忘れてください」

 家族を愛していた彼は冷たい声でそう言い切った。


 彼では話にならない。彼女の妹や他の村人にもメイリーンの行方を知らないかと聞いて回った。けれど誰もが似たような反応を返すばかり。


 両親に至っては「王都に帰りなさい」とまで言い出した。


 まるでジュードの居場所なんて村にはないかのように。


 自分がいない間に、村で一体何があったのか。彼らはその『何か』をジュードに打ち明けるつもりはないようだ。メイリーンの不在と何か関係があるのか。


 なぜ彼らはメイリーンを探そうとはしないのか。家族なのに、心配ではないのか。


 ジュードは城に戻り、メイリーンの捜索を開始することにした。


 捜索にあたり、真っ先にタイランの顔が浮かんだ。彼は天才だ。頼ればすぐに見つけてくれるかもしれない。けれど、頼るという選択肢を取る勇気が出なかった。


 なにせずっと家族を大切にしろ、手紙を書けと言ってくれていたタイランの言葉を、ジュードは大丈夫と一蹴し、ろくに取り合ってこなかったのだから。


 メイリーンがいなくなったと伝えれば、冷たい目でジュードを刺し殺そうとするのではないか。


 怖かった。

 同時に、メイリーンと離れ離れになる原因を作った国や魔王に怒りを覚えた。魔王討伐なんてなければ、勇者になんて選ばれなければ彼女はずっと側にいてくれたのだ。



 何より、姫様との婚姻などという嘘が流れなければ……。



 メイリーンの捜索を始めてすぐ、自分と姫様との婚姻計画がかなり進んでいることを知った。王家や貴族、教会がジュードにすら知らせず、計画を急がせていたようだ。


 和平一周年パーティのためと言われていた服の一部は結婚衣装であることも初めて知った。



 王は褒美を与えると言っているが、与えるどころか彼はジュードから多くの物を奪った。メイリーンのいない未来に何の意味があるというのだ。



「国を救ったのに、こんな仕打ちはないだろう! 彼女が見つからなければ、計画に携わった者を許しはしない。王だろうと聖女だろうと、関係ない」


 殺気を隠そうともしないジュードに、王達は焦ったようだ。

 王宮の魔法使い総出でメイリーンの捜索を開始した。タイランほどではないにしても、彼らだって一流の魔法使いだ。仲間だってすぐに見つかると言ってくれた。



 だが一向に彼女は見つからない。

 メイリーンが滞在していた教会に、探索を阻む魔法がかけられているらしい。それに気づくまでに一カ月以上もかかった。


 舌打ちをすれば、魔法使いの一人がおずおずと前に出た。


「私達にはこの魔法を解くことは出来ません。ですがタイランなら、魔法の天才と呼ばれる彼なら解けるかもしれない」


 そう言われて、ようやくタイランを頼ることにした。

 予想通り、彼はジュードに冷たい視線を向けた。想像と違ったのは、服装が少し変わっていたところ。


 生活魔法があるからと、ほとんど着替えることのない彼が、見覚えのないベストを着ていたのだ。


 寒気すら感じるジュードとは正反対の、温かみのある服装である。


 魔王討伐の旅の途中もずっと大切にしていた家族に編んでもらったのか。

 そう思うと、ますます彼との差に目が向いて、気分が沈みそうになる。


 それでも彼の力を借りれば、その温かみに触れることが出来る。もう少しの辛抱だ。



 もう少し、もう少し。そう何度も頭の中で繰り返す。


 だが、タイランの力をもってしても見つからなかった。


「魔法がかけられて一カ月程度ならどうにかなったかもしれないが、すでに一年近くが経過している。これほど強力な魔法となると、解除できるのは魔法をかけた本人だけだろうな」


 その言葉で絶望へと突き落とされた。

 魔王城に帰りたがるタイランを引き留め、捜索を続けてもらった。新たな情報を手に入れることが出来たが、それでも見つかるかどうかは怪しい。



「どこにいるんだ、メイリーン……」


 あの時、仲間の忠告を聞いて早く会いに行っていれば。

 いや、タイランの言葉を聞いて、旅の途中も手紙を書いていれば。


 メイリーンがいない現実を前に、後悔ばかりが押し寄せる。


 なぜ彼女はいなくなってしまったのか。考えても分からない。

 けれど彼女の兄が言ったように、忘れてしまうことなど出来やしない。メイリーンは大事な家族なのだ。彼女が隣にいない未来など、想像もつかない。



 だから探し続ける。

 例え、国を敵に回してもあの温かさに触れて、一刻も早く安心したいと強く願った。


3章はこれにて完結です。


次話から4章に入ります。


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