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◆勇者となり、英雄となった男(前編)

 ジュードは王都から離れた田舎の村で生まれ育った。

 若者は少なく、刺激のない毎日だったが、のんびりとした生活は気に入っていた。


 おやつ作りが好きな幼馴染のメイリーンが焼いてくれるラズベリーパイは本当に美味しくて、このままいつまでも変わりのない日々を過ごすのだと思っていた。



 そんな未来が変わってしまったのは四年前。

 王都から使いがやってきたのだ。いきなり勇者になれだなんて、理解が追いつかなかった。


 けれどそれ以上に意味が分からなかったのは、母がメイリーンに他の男と結婚を勧めていたことだった。


 母だけではなく、メイリーンの両親も、村長でさえも背中を押すのである。

 大人達の言葉にメイリーンの心は大きく揺れていた。


 彼女の心を自分の元に引き留めておかねば――そう、強く思った。


「帰ってきたら結婚しよう」

 柔らかな身体を包み込み、待っていてほしいと願った。メイリーンはゆっくりと頷いてくれた。


 それからすぐに王都に発つことになった。

 村で一生を終えると思っていたジュードは王様と謁見する機会があるとは思っていなかった。


 不敬にならないように。ひたすらそればかり考えていたように思う。


 それから今後の予定を説明され、勇者の仲間だと数人の男達が紹介された。初対面の相手に背中を預けるなんて不安しかなかった。


 それでも彼らは田舎の村でのんびりと過ごしていたジュードよりもずっと強く、賢かった。

 ジュードには優れた魔法の才も全てを退けられる剣の腕もない。天才揃いの輪の中に入れられたのは、ジュードに勇者の素質とやらがあったからに過ぎない。


 だから人よりずっと努力した。

 それでも初めは彼らについていくのでやっとだった。


 仲間との信頼関係も出来、勇者として自然な対応が出来るようになったのは村を出てから一年が経った頃のこと。


 魔法使いのタイランとはまだまだ距離があるし、魔物と戦うのは未だに怖い。上位種族である魔人が出てきたらどうしようと考えて、なかなか寝付けない夜だってある。


 それでも少し前まではただの村人でしかなかった自分を、これほど多くの人が求めてくれているのは嬉しかった。


 中でも一番ジュードが元気をもらえたのは、たまたま目にした新聞の記事だった。聖女見習いとなった女性達の名前がズラリと並んでいた。

 その中にメイリーンの名前があったのだ。


 村からほとんど出たことのない彼女が、遠く離れた王都という地に行くにはどれほどの決意が必要だっただろうか。


 一年が経っても彼女の心の真ん中に自分がいるような気がした。


「やっぱり大丈夫。メイリーンは俺を思ってくれている」


 タイランは何度も手紙を書けと言ってくるが、メイリーンとはもう家族みたいなものだ。

 心の深い部分で繋がっている。彼女は文字なんて綴らなくとも信じてくれている。だから、自分さえ心を強く持ち続ければ大丈夫。


 一番の山場であると思われた魔王討伐だが、アッサリと和平が結ばれた。


 魔王は想像していたよりもずっと幼い見た目だったが、目の前に立つだけでヒリヒリと強さが伝わってくる。そんな魔人と戦えば、ただでは済まなかっただろう。


 彼が人間や人間の作るものに興味を持っていなければ、和平なんて到底成り立つことはなかった。それどころか人間界が侵略されてもおかしくはない。



 魔王の深い懐に感謝の意を告げ、契約が結ばれることとなった。

 和平と言っても仲良くしましょうという約束ではない。それでも人間よりも遙かに強い力を持つ、上位種族との交戦を避けられるだけでもありがたかった。


 数日の滞在で、魔王はタイランをとても気に入ったようだった。ジュードや他の仲間のことは『勇者』や『剣士』と呼ぶのに対し、タイランだけが名前呼びである。


 城や旅先での交流は最低限に済ませていたタイランだったが、嫌がるそぶりを見せることはない。案外子ども好きなのかもしれない。



 王都に戻れば、連日凱旋パレードや帰還パーティが開かれるようになった。

 以前にもましてどこに行っても『勇者様』と英雄かのような扱いを受ける日々は幸せだった。


 同じく英雄として称えられるタイランだったが、彼はジュードとは正反対に暗い顔をしている。


「魔王討伐が終わったんだから仕事に戻らせてくれ」


 旅に出ていた時の何倍も疲れたような表情を浮かべている。

 タイランを見ていると、自分は英雄にはなれても天才にはなれないのだと思い知らされる。


 そんな彼も、魔族との和平を結んだ証明として、魔界に送られることとなった。

 彼の好きな研究が一日中出来るのだ。天才と呼ばれようが、まだまだ高みに登ろうとするタイランに相応しい居場所だ。


 彼が城から居なくなれば、劣等感を忘れることが出来る。

 最後に見送りくらいしよう。そう思って部屋に向かえば、すでに彼の姿はなかった。


「何かあったら呼べ、だってさ。タイランらしいよな」


 ジュードにだけ何も告げずに行ってしまった。氷のように冷たい瞳で射抜かれることすらない。まるでジュードのことなど初めから眼中にでもないようだ。


 それからジュードはますます『勇者』という立場に浸るようになった。


「なぁジュード、帰らなくてもいいのか?」

「今日の夜は王様に。明日も明後日も夜会に呼ばれているんだ。村に帰る暇なんてない」

「恋人を待たせているんだろう? 転移魔法だってあるし、顔くらい見せて来いよ」

「手紙を書いたから大丈夫だって」


 聖女見習いに暇が出されると聞いた時、手紙を出した。


『必ず帰るから待っていてほしい』

 姫様とのお茶会があったので、それしか書けなかった。


 だがメイリーンならきっと分かってくれるはずだ。彼女なら待っていてくれる。


 魔物の被害などほとんどなかった村に戻ってしまえば、ただのジュードに戻ってしまう。

 平穏な時間も良いが、もう少しだけ特別な時間に浸りたい。英雄で居続けたい。



 あと少し。あと少しだけ……。

 自分さえ村に帰ればあの頃の続きを歩くことが出来る。けれどこの時間は、今だけなのだ。


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