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◆呼び出されたタイラン

「勇者が結婚を約束していた女を探せ、だと?」


 おやつ中に急に呼び出されたタイランは不機嫌だった。それでも事情が事情かもしれないと、急いでやってきたのだ。


 それが勇者の恋人捜索のためと知り、余計に機嫌が悪くなっていく。


「王都の教会で聖女見習いをしていたことは、タイランも知っているだろう? その子が急に消えたんだよ」

「聖女見習いが誘拐されたと? 盗みが度々入ったらしいとは聞いたが、まさか誘拐まであったとはな」

「誘拐かどうかは分からない」

「どういうことだ?」


 詳しい事情を聞かされ、今度は唖然とする。怒る気力もない。そんなことのために自分は呼び出されたのか、と頭が痛くなった。


 タイランにとっては『そんなこと』でも、国にとっては左遷した魔法使いを呼び戻すほどには一大事らしい。


 タイランを左遷した城の重役達は揃って「力を貸して欲しい」と頭を下げた。

 滑稽にすら思える光景だが、手を貸すまで返さないという強い意志と疲労が見える。すでに手を尽くしたが、どうしようも出来ずにタイランを呼び出したということか。


 相手は人間。それも聖女見習いである。

 どんな理由があったのかまでは分からないが、王宮付きの魔法使いが揃いも揃って見つけ出せぬとは怠慢もいいところだ。


 だが一番厄介なのは、その少女が消えてからかなりの日数が経っているということ。

 なぜ今さらなのか。もっと早く動き出せばタイランを呼びつけるまでもなかっただろう。


 勇者に文句を言ってやりたいところだが、かなり取り乱しているようだ。


「戻ってからすぐ手紙を書いたんだ」

「彼女なら待っていてくれるはずなんだ」

「なぜ教会にも村にもいないんだ」

「なぜ誰も知らない……」


 部屋の端でブツブツと呟いている。

 ふと何か思い立ったように立ち上がると、仲間達によって宥められる。その繰り返しである。


 正直、気が散るので出て行って欲しい。

 だが和平一周年に向けて彼を城から出さないことで精一杯で、タイランにまで気が回らないようだ。


 そのくせ、タイランには余計なことを言わないようにと鬱陶しいほどの視線を向けてくる。


 三年も一緒に旅をしていたのだ。悪いやつではないことは分かっている。

 そして彼もまた、タイランが勇者と考え方が合わないことを知っている。



 捜索開始から二ヶ月も経ってからタイランを呼び出したのは、タイランが勇者に言葉のナイフを突きつけることが予想出来たからに違いない。


 さすがにこんな面倒な相手に絡むつもりはない。今は捜索が先だ。

 自らの意思でいなくなったのならいいが、事件性があるのであれば早く見つけ出すに越したことはない。


 国内はもちろん、隣接する国やその周りの国にまで魔力を張り巡らせる。


 探索魔法は大量の魔力と神経を使う。ポーションともらったおやつで回復しているが、消費するペースが早い。


 編んでもらったベストと、早く魔王城に帰りたいという強い気持ちがなければ途中で倒れていたかもしれない。


 だがそこまで消耗しても、目的の少女を探し出すことは出来なかった。


 捜索が可能な場所は全て探したつもりだ。探していないのは国同士の交流がない国である。よほどの辺境や島国にいるか、誰かが隠しているか。

 どちらにせよ、現状ではこれ以上の捜索は不可能だ。他国への根回しが必要となる。



 せめて教会に張られていたという、探索妨害魔法さえ解除出来れば捜索も楽になる。


 だが強力かつ、一年近く放置していたという事実が壁となって立ち塞がる。

 かけられてから一ヶ月以内に動き出していれば、探索妨害魔法の解除はもちろん、探索魔法の発動範囲も絞れたはずなのだ。


「大事なものなら、もっと大事にすれば良かったんだ。どんな事情があったとしても、本来の価値を見失った時点で手の中からこぼれ落ちているのだから」


 タイランは旅の途中、何度も似たような言葉を勇者に伝えてきた。けれど彼は大丈夫だと繰り返すばかりで、タイランの言葉を理解しようとしなかった。


 和平が結ばれてから初めて出された手紙は、王都で聖女見習いになった少女の目にどう映ったのだろうか。


 待ち続けるだけの日々は辛い。

 ダイリには勇者のようになって欲しくなかったからレターセットを押しつけた。


 便せんを前にウンウンと唸っているようだが、それでも毎月ちゃんと手紙を書き続けている。最近は封筒を渡す顔も明るくなってきた。


 オリヴィエが彼女を魔界に飛ばした理由は未だ分かっていない。

 それでも初めは面倒なだけだと思っていた彼女の存在が少しずつ自分の中で大きくなり、今では一緒にいて当たり前とさえ思うようになってきた。


 かつて嫌々受け取っていたおやつも、今ではなければ口寂しい。


「ドーナッツ、もっと食べたかったな……」

 ぽつりと呟けば、口の中が甘さを欲する。行きに持たせてくれたおやつはもうない。すぐに食べきってしまった。


 帰ったらまた揚げてもらえるだろうか?


 ドーナッツでなくてもいい。彼女が作ってくれたおやつを食べて、ゆったりと流れる時間を楽しみたい。


 それがタイランの大切な時間。手放したくないと思う時間である。

 魔王城での生活を思い出し、立ち上がる。


「ここに居ても仕方ないし、一回帰るか」


 どうせ転移魔法ですぐに来ることが出来るのだ。ならば人間界の城で待とうが、魔王城で待とうが同じこと。同じなら、魔王城が良いに決まっている。


 師匠もオリヴィエもいない人間界は息が詰まる。

 タイランをただのタイランとして受け入れてくれる場所を知ってしまったから余計にそう思う。


 温かく出迎えてくれる人がいる場所に戻るため、タイランは王城を闊歩する。


 身体に溜まった疲労とは裏腹に、足取りはとても軽かった。


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