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8.お揃いのベスト

 裏庭で行われていたクレープ会の噂は、瞬く間に広まった。

 オルペミーシアさんとメティちゃんが会う人に自慢したらしい。


 その結果、私は会う人達にクレープをおねだりされることとなった。


 だが大人数でクレープ会は難しい。なので数日間に分けて、包んだものを配り歩くことにした。


「おやつの聖女さん」

 クレープを配り歩いていると、声をかけられた。 


「この前のお礼」

「わぁこんなにもらっちゃっていいの?」

「構わない。弟達もとても喜んでくれた」


 差し出されたのは大きな紙袋。


 少し前、彼女から美味しいたまごおやつの作り方を聞かれた。

 実家にいる弟達にも食べさせてあげたいのだとか。一度練習に付き合った上で、メモを渡した。それが活躍してくれたらしい。


「喜んでもらえて良かったわ」

「迷惑じゃなかったら、また帰省前に違うおやつを教えてほしい」

「喜んで」


 仕事の途中に抜け出してきたらしい。彼女はそれだけ告げると走り去っていった。袋の中身は大量の毛糸だった。


 白い毛糸が袋にこんもりと山になっている。山をかき分ければ、中には茶色と赤のものもある。


「せっかく毛糸をもらったし、何か編もうかな。これだけあればセーターも出来そう。いや、服はあるから腹巻の方がいいかな?」


 非常にモコモコしており、防寒力は高そうだ。鼻歌を歌いながら部屋へと向かう。


 その途中、タイランさんと会った。


「なんだか機嫌がいいな」

「さっき大量の毛糸をもらったんです! これで何か編もうと思って」


 タイランさんはクレープ会以来、部屋から出て来る回数を増やしてくれるようになった。

 本人曰く、気分転換とのことだが、魔王様は喜んでいる。私も元気そうな姿を見られて安心である。


「編み棒持ってるのか?」

「あ! ない、ですね……」

「ちょっと待ってろ」


 しばらくしてから帰ってきたタイランさんの手には編み棒が握られていた。


「これを使うといい」

「ありがとうございます」

「ばあさんが使っていたものだから気にするな」

「ところでタイランさんってそのローブの下にセーターとか着ます?」

「着ない。なぜだ?」

「ずっと同じローブだから、外に行くときは寒いんじゃないかと思って」

「特殊繊維で作られているから寒さも暑さも感じない。だが昔、師匠もばあさんに同じようなことを言われていたな。子どもにはちゃんとした服を着せろって。その時、ばあさんがセーターを編んでくれて……。まぁすぐに着られなくなったが」


 目を細めて幼少期を懐かしむ彼を見ていると、私もつい村にいた頃を思い出す。

 昔はよく寒くなると妹達にセーターや腹巻、手袋なんかを編んだものだ。ああ、懐かしい。


「よければ私にセーターを編ませてもらえませんか? この前もらった本のお礼に」


 防寒の役目は果たせないし、きっと彼だってオリヴィエ様からもらった方が嬉しいに決まっている。


 それでも私の腕の中には大量の毛糸があって、私はおやつ以外でのお礼をしたいと思っていた。


 断られたらその時はまた他に考えればいい。軽い気持ちで言い出した提案だった。


「ならセーターじゃなくてベストにしてくれないか? ローブの中に着る。ばあさんからもらったのもそうしてたから」

「わかりました。じゃあベストにしましょう。サイズ測らせてください」


 シエルさんからメジャーを借り、彼のサイズを測る。数年前で成長が止まってしまっている記憶の中の妹達よりもずっと大きい。これは作り甲斐がありそうだ。


「ありがとうございます」

「頼んだ」

「はい、任せてください」


 ドンっと胸を叩き、タイランさんと別れる。

 それから夜の時間はベストをせっせと編み進めるようになった。


 ベスト作りから数日が経った頃、魔王様から呼び出しがかかった。

 てっきりおやつの話かと思ったが、そうではなかった。魔王様が私に押し付けてきたのはレシピ本ではなく、大量の毛糸。


「我にもベストを作ってくれ」

 どうやら私がタイランさんのベストを編んでいることをどこからか聞いたらしい。


「我は赤が良いぞ! こっちの白はダイリに似合うな」


 追加の毛糸を用意した上で、色の指定まで……。

 断られることなど微塵も考えていない。


 信頼されていると取ればいいのか、拒否権が与えられていないだけと取ればいいのか。


 毛糸の隙間から顔色を確認すれば、魔王様の表情はキラキラと輝いていた。純粋に贈り物を楽しみにしているらしい。私はこの目に弱いのだ。


「わかりました。少しお時間をもらっても大丈夫ですか?」

「ああ! 待っているぞ!」


 結果、三人色違いでベストを編むことになった。

 魔王様のサイズを測り、部屋へと戻る。三着となると、夜だけではなく、朝の時間も削って進めた方がいいだろう。


 この歳で、それも家族でも恋人でもないのに色違いだなんて……。

 思うところがない訳ではないが、不思議と嫌な気はしない。


 それはきっと、魔王城で出来た思い出が優しいものばかりだからだろう。


 ジュードに捨てられて、前世の記憶を思い出して。私の人生は大きく変わってしまった。

 けれど魔界に来てからさらに変えられることとなった。楽しい思い出が増え、村に居た頃を思い出しても辛いと思うことはなくなった。


 手紙へのハードルだって下がって、前に進めているという実感がある。

 そんな気持ちを見透かされているのだろうか。


 いつかあれだけ辛かったジュードに対する思いも、完全に過去のものとして処理することが出来るような気さえする。


「あの時、オリヴィエ様に声をかけてもらえてよかった」

 一人の部屋で、魔界での思い出を抱きしめる。手元にある毛糸は温かくて柔らかい。まさに魔王城という場所を表しているかのようだった。



 完成したベストを手渡せば、タイランさんは宣言通りローブの下に着込むようになった。

 生活魔法をかけているそうで、洗う必要はないらしい。便利なものだ。


 魔王様に至ってはわざわざベストに合う服装に着替え、魔界中に自慢して回った。

 喜んでくれるのは嬉しいが、魔界中に『ダイリ』という名前を広げないで欲しかった。本名でないにしても恥ずかしさはあるのだ。


 といっても『おやつの聖女』の名前が広がっている時点で今さらではあるのだが。


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