5.チュロスとホットチョコレート
「そういえば服屋さんの話を聞いた時、すぐ近くに美味しい異国のお菓子が食べられる店があるとも言ってたっけ?」
異国のお菓子とはチュロスのことだ。注文するとその場で揚げてくれるらしい。その際、一緒に売っているホットチョコレートも是非頼んでほしい。
そう教えてくれた聖女見習いの子の力強さといえば凄まじいもので、そのおかげで思い出すことが出来た。
なんでも付けて食べると疲れが吹っ飛ぶのだとか。
記憶の中に埋もれきっていた会話を必死に掘り返して、場所を思い出す。二本横の道に入って三件目だったか。合っているかは怪しいが、店の前にはベンチが置かれているらしい。
いざとなったらそれを探せばいいだろう。迷う心配よりも聖女見習いの子達が口を揃えて美味しいというチュロスを食べたいという欲が勝った。
近々王都を去るのだからなおのこと。気に入ったらチュロスの本場を目指すというのも良い。
なにはともあれ、絶品チュロスを食べなければ!
今後どのくらいの収入を得ることが出来るのか。そもそも住む場所や働く場所さえ決まっていない今、なるべく出費を抑えた方がいいのは分かっている。それでも我慢することは出来なかった。
少し迷ってから辿り着いた店で「チュロスとホットチョコレートください!」と元気に注文をする。
店主に渡した硬貨は服一セット分よりは安いが、露店のお菓子と考えるとやや高い。店主はあいよ、と間延びした返事をしてから受け取った硬貨を缶の中に投げ入れた。布巾で手を拭いてから油の中に生地を投下する。
星形の絞り器から出された生地は少しずつ美味しそうな色へと変化していく。早い時間だからか、私以外に人はいない。鍋の中で完成に近づくお菓子をじいっと見つめる。軽く油を切ってから、カップに注いだチョコレートと一緒に渡される。
「熱いから気をつけな」
「ありがとうございます!」
受け取ったカップを覗くと、入っているチョコレートがやけに少ない。あれ? と視線を上げれば、店主は鍋の横に置かれたカップを指さした。
私が受け取ったカップと同じ。だがよく見るとそちらのカップの中には赤い線が引かれている。手元のカップのチョコレートも大体同じラインまで入っている。
どうやらそのカップはチョコレートの量を示すためのものだったらしい。渡した後で揉めないように事前に提示してあるのだろう。
まぁ味変感覚で食べるにはこれくらいがちょうど良いか。納得して、店の前にベンチに腰をかけた。早速揚げたてチュロスを堪能することにしよう。
まずはそのままの状態でかぶりつく。日本で売っていたものはしっとり系が多かったが、このチュロスは外が固め。私は固め派なのでとても嬉しい。危なく食べずに去って後悔するところだった。少し食べ進めてから、ホットチョコレートを絡める。
「美味しい……」
さすがは聖女見習いが絶賛するお菓子である。ただの異国の珍しいお菓子というだけでは、何度も高いお金を払って食べるなんてことはしない。チョコレートも前世のものと比べると甘さは控えめだが、チュロスとよく合っている。この味を一度知ってしまったら、次も必ずセットで頼む気持ちがよく分かる。
高いといっても法外な値段という訳ではなく、単純に砂糖とチョコレートが高いからだ。納得してお金を支払えるというのも繰り返しやってくる聖女見習いが多い理由の一つだろう。
前世の創作物では、砂糖やチョコレートを貴族の嗜好品として描いているものが多かった。だがこの世界では露店のお菓子で使われるくらいには広く愛されている。
高いことには高いが、ちょっと頑張れば平民でも手が届く。結婚式などの祝いごとでは砂糖をふんだんに使ったケーキが並ぶくらいだ。お菓子好きとしてはありがたい話である。
カップについているチョコレートも綺麗に食べきってから立ち上がる。店主にぺこりと頭を下げてから、教会に続く道を歩き始めた。
やはりお菓子は良い。どんな時でも優しく包み込んでくれる。今も少しだけ背中を押してくれたような気がする。今は食べるだけだけど、落ち着いたらお菓子作りもしたいな。
前世でも今世でもお菓子作りは好きだった。食べるのも良いけれど、作る過程と自分が作ったものを誰かに食べてもらうのが好きだった。王都に来てからは全く作る機会がなかったが、村にいた頃はよくおやつを作って、家族やジュードにも振る舞っていたものだ。
あの頃のように誰かに食べてもらうのは難しくなるかもしれないけれど、百パーセント自分のためだけに作るというのも悪くない。
寮の手前の路地に差し掛かった頃、とある人物と出会った。
「メイリーンさん、ちょうどあなたに会いに行こうと思っていたのよ」
「わ、私、何か粗相でも……」
聖女オリヴィエ様である。彼女は姫様が光の力に目覚めるまで、大聖女として活躍されていた。かなりの高齢ということもあり、五年前から大聖女の座を引き、今は見習い聖女の監督役をしている。
私が聖女見習いになった時から面倒を見てくださっているお方で、憧れの人でもある。
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