3.露天商の声を抜け
「妹さんに幸運のブレスレットはいかが?」
「妹は十分幸せだ。問題ない」
「ならお兄さんに」
「こんなに可愛い妹がいて幸せじゃないとでも?」
「女の子に大人気のぬいぐるみはどうだい?」
「いらん」
「このリボンは隣国で編まれた特別製だよ。そこのお兄さん方も近くで見ていっておくれ」
「妹には派手なものよりシンプルなものが似合う」
明らかに兄妹にしか見えない私達にすらちょこちょこと声がかかる。
タイランさんのシスコン演技と冷たい目線のコンボでスイスイと進めているが、若い男女は高確率で声をかけられている。
要らないならタイランさんのように断ればいいだけなのだが、露店商の熱気あふれる言葉から逃げ出すのは気力がいることだろう。
私も一人では無事に抜けられる気がしない。精々タイランさんから離れないようにピッタリとくっつくだけ。すると彼から手が伸びてくる。
はぐれないように繋いでおこうというのか。手を繋がなければならないほど幼くはない。けれど妹を溺愛する兄なら、手を繋ぐくらい普通なのだろう。
ゆっくりと握り返せば、そのまま引かれていった。
目的地の本屋さんは想像よりも大きい。
町役場と同じくらいの広さだ。その中を迷うことなく、タイランさんはずんずんと進んでいく。そしてとある棚の前でピタリと止まった。
「料理に関する本はここだな。悪いが、俺は他の棚を見てくる。用事が済んだら戻ってくるつもりだが、一応時計を渡しておく。長針がてっぺんまで来ても俺の姿が見えなかったら外に出ていてくれ」
ポケットから取り出されたのは、いかにも高そうな懐中時計だった。とても他人に託すような品ではないそれに、見覚えがあった。
「これ……もしかしてお揃いですか?」
オリヴィエ様も同じデザインの時計を持っていた。なんでも大切な人に贈ってもらった物らしい。新しい時計があるから、と私に古い方の時計を譲ってくれたのだ。
人間界でオリヴィエ様の名前を出してもいいか悩んで、伏せることにした。
タイランさんは少し悩んだようだったが、すぐに答えに行き着いたらしい。コクリと頷いた。
「ああ、三人で揃えたんだ」
三人というとオリヴィエ様とタイランさんと、後の一人は誰だろう。
タイランさんにとってオリヴィエ様は時計を贈るくらい大切な人ということは驚いたが、彼にとって大切な人には心当たりがある。
お師匠さんだ。そこで何か繋がりがあるのだろうか。
疑問に思っているうちに、タイランさんは目的の棚へと向かってしまった。
どうせ人間界にいるうちは詳しいことなんて聞くことは出来ない。気を取り直して、私も本を探すことにした。
幸い、針が頂上に辿り着くまではかなりの時間がある。ゆっくりと探せそうだ。
今回買う予定の本のテーマは図書館にはなさそうな本、である。出身地の家庭的なおやつも本を見るまでもないので除外することとする。
大量の本から目的の本をピタリと見つけることは難しい。普段はオルペミーシアさんに頼りっきり。改めて彼女の偉大さを実感する。
オルペミーシアさんに比べると、私の本を確認するスピードも遅く、ついつい気になる本を片っ端から腕の中に積んでしまう。
また来ることが出来るか分からないことと、多めにお金を持ってきていることが購買欲を加速させていくのだ。気付けば大量の本が腕の中に貯まっていた。
少し重くなったそれらを抱え直せば、肩口から見慣れた顔がひょっこりと現れた。
「重くないのか?」
タイランさんである。手に本屋さんの紙袋を提げている。会計も済んでいるらしい。
「もう終わったんですか?」
「ああ、わりとすぐに揃ったからな。ところでそれ、全部買うのか?」
「買える時に買わないと、ですから! ちゃんと計算しながら積んでるのでお金なら大丈夫です」
計算は得意だ。レジまで行ってからお金が足りませんでした、とならないようにざっくりとだが計算をしている。
「多めに預かってきてるから金の心配はしてない」
「預かってきた?」
「うちにいるお坊ちゃまからな。まぁ経費みたいなもんだから気にするな。代わりにしばらくこれがいいあれがいいと騒ぎそうだが」
お坊っちゃまとは魔王様のことだろう。
新たなおやつに喜ぶ姿を想像すると、ふふっと声が漏れた。
「それより料理以外の本は買わなくていいのか? あっちにファッション雑誌なんかもあったが」
「レシピ本だけで大丈夫です。普通の本なら沢山ありますし。あ、でもおやつの本は買ってもらえるなら、普通の料理本も見ていいですか?」
遠回しに服に興味を持てと言われた気がしなくもないが、そこはあえて無視をする。
どうせ今の流行を知ったところで、来年には変わっている。必要になった時に服屋さんのマネキンでも見ればいい。
それよりも毎日三食ある食事の方が大切だ。
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