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2.久々の人間界

 お礼を告げて、勢いよく頭を下げれば、タイランさんは小さく笑った。


「そうと決まれば早く用意してこい。出発するぞ」

「え、今日行くんですか?」

「この後はちょうど空いている。それにそろそろ一年経つからな。いつ祭りの準備に召集されるか分からない」


 祭りとは魔族と人間が協定を結んだ日を祝うものだろう。

 そうか、あれから一年くらい経つのか。あっという間の一年だった。


 新聞で報じられた日と勇者一行が帰還した日のどちらを祝うかによって一ヶ月半の差が開くが、祭りに参加する気などない私には関係のない話だ。


 タイランさんも準備に参加するつもりはあれど、当日出向くつもりはないようだ。面倒くさいとぼやいている。


 それでも本屋さんに行くのは乗り気のようで、早速転移魔法陣を描き始めた。


 普段は描かずに魔法を発動させているが、今回は私も同行すること・距離が遠いことの二つの理由から描くことにしたらしい。


 タイランさんが準備をしている間に、部屋に戻る。引き出しの鍵を開け、給料袋を開く。ほとんど使っていないので、貯まる一方だ。


 少し多めに取り出して、ここに来てから一度も使っていない財布に移す。膨らんだ財布はポケットにねじ込み、王の間へと戻る。すでに転移陣の用意が整っていた。



「変身魔法をかけるぞ」

「お願いします」


 ふわりとした温もりに包まれ、私は別人へと変わっていく。ゆっくりと目を開けば、目の前には見知らぬ男が立っていた。


「今日はタイランさんも変身魔法をかけたんですか?」

「兄妹という設定だ。ほら、行くぞ」

「はい」


 腕を引かれ、陣の中へと入っていく。


 転移魔法を使用するのはこれで二回目。

 一度目は訳も分からぬまま魔界に飛ばされて、二度目は住み慣れた人間界へ。


 繋がれた手は、タイランさんの魔法と同じで温かい。


「それでは行ってきます」

「久々の人間界を楽しんでくるといい」

 魔王様に手を振ると、目の前が真っ白になった。



 まぶしいほどの光が引いてから、ゆっくりと目を開く。辺りを見渡せば木ばかり。森の中に転移したらしい。


「降りてくれ」

「あ、はい」

 私が魔法陣から出ると、タイランさんはその場にしゃがみこんだ。魔法陣の上をなぞりながら、何かを呟いている。


 彼がスクッと立ち上がると、地面に浮かんでいた模様が綺麗さっぱり消えてしまった。どうやら魔法をかけていたらしい。悪用されるのを防ぐためだろうか。


「本屋は……こっちだな」

 タイランさんの後を追えば、すぐに人通りの多い道に出た。


 通りにはいろんな店の看板がずらりと並んでいる。王都ほどとまではいかないが、人の多い街に転移したようだ。


「行くぞ」

「はい!」

 トトトと駆けて、タイランさんの隣に並ぶ。


 ショーウィンドウに映り込んだ私の顔は素顔とはかけ離れている。だがタイランさんの今の顔とはよく似ている。確かにこの顔なら兄妹と言われても納得だ。


「ところでなんで兄妹の設定なんですか?」

「この辺りは観光地でな、年頃の男女が歩いていたら露店商に狙われる。特にアクセサリーを売っている店には気をつけろ。数ある露店の中でもあの類の店が一番面倒くさい」

「タイランさんも声をかけられたことがあるんですか?」


 今日みたいに、同じくらいの年頃の女の子と歩く姿を想像して、胸がチクリと痛んだ。

 けれどタイランさんは愛しい人との時間を思い出すどころか、最悪な記憶を思い出すかのように顔を歪めた。


「恋人にどうかとしつこく声をかけられた。そんなものはいないと断れば、恋人が出来るまじないがかかったブレスレットを勧められ……とにかく逃げるのには苦労した。それでも初めから恋人はいないと伝えていた分、周りよりはマシだったな。恋人を連れていたり、言葉を濁したりした奴は買うまで解放してもらえない様子だったからな」

「た、大変なんですね」

「こちらからすれば厄介でも、あっちからすれば商売だからな」


 観光地とはいえ、さすがに一人客にまで声をかけるようなことはしないだろう。


 タイランさんが捕まりそうになった露店がイレギュラーだっただけ。もしくは彼に恋人がいると確信して声をかけた、とか。


 タイランさんは顔が良い。面倒見だっていいし、魔法も上手い。恋人がいたっておかしくはない。


 露店商が勘違いしたっておかしくはない。

 そう思っていたのだが、実際に歩いてみて、彼の言葉の正しさを知ることになった。


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