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4.傷を抱えても前に進まねば

「バカだな、私……」

 そう思うのに、記憶を思い出した後でもジュードへの恋心が全て消えてしまう訳ではない。あの時もすぐに切り替えることなんて出来なかったから、お腹だけでも満たしてしまおうと思ったのだ。本当に、愛していたから。今回だってそうだ。


 待ってでも掴みたい恋だった。

 安否さえ分からない日が続いても、彼の生存を信じて待ち続けた。けれど待つだけで掴めるはずもない恋だった。


 ジュードと前世の幼馴染との間に違いがあるとすれば、ジュードは国を救った英雄になったというところだろう。同じ村で育ったのに、今ではまるで立場が違う。

 幼馴染一人捨てたところで、彼の成し遂げた功績に比べればとても小さな出来事である。可愛い系の会社の後輩に手を出したあいつとは違う。


 それでも捨てられた女に出来た傷は同じなのだ。

 簡単に消えることはない。思い続けた時間と思いの強さの分だけ強く過去に囚われる。


 過ぎた時間は戻らない。日焼けすることのなくなった肌に、荒れることもなければマメさえない手。それはまさしく村から離れた女だ。身長も伸びたし、少しだけ子どもっぽさも抜けたと思う。


 それが今世で私が費やした二年。戻ることのない時間の証明でもある。


 勇者に選ばれたあの日から、ジュードは私の知っている幼馴染ではなくなったのだ。そのことに気づくまで三年もかかってしまった。


 乙女の貴重な三年で得たものが苦い失恋と、少し高めの報酬と低級付与魔法。たったそれだけ。


 それにおまけで前世の記憶? 苦しい気持ちを思い出すだけなら欲しくはなかった。

 漫画や小説で描かれる主人公は大抵神様からもらった能力で活躍出来ていたのに、私には何もない。いや、なくたって構わないのだ。


 私が欲しかったのは平穏な幸せ。

 前世も今世も夢は変わらない。愛する人がいて、子どもがいて。ふとした幸せを見つける度にみんなで笑えるような、そんな家族が欲しかった。


 なぜ目前にしてダメになってしまうのだろう。私には向いていないのかな。そう悔やんだところで時間が戻ることはないし、起こってしまったことは変わらない。


 人間、未来に向いて歩くしかないのだ。潰れるつもりはない。


 最終日にもらうお金を持って、異国の地で仕事を探そう。この際、うんと僻地でも構わない。


 二十前で結婚するのが当たり前の村に残してきた家族には申し訳ないけれど、結婚なんてもう無理。妹の子どもも無事生まれたことだし、仕送りも減らして、代わりに一人で生きていくお金を貯めることにしよう。


 それにはまず旅をするだけの荷物を揃えねばならない。

 村からまっすぐこっちに来て、必要なものはほとんど寮に揃っていたので手持ちの荷物がほとんどないのだ。


 服も聖女服が支給されていたのでそれを着て過ごしていた。休みの日もほとんど外出することがないので、村から出てくる時に持ってきた二着を着まわしていた。それすら身長が伸びたので、若干サイズが合っていない。

 唯一ピッタリなのは先ほど着ていた花柄のワンピースのみという悲しい現実に打ちひしがれる。


 初めに揃えるべきは普段着になりそうだ。


 行き先や働き先が変われば服装も変わる。調子に乗って大量に買っても後で困る。安めの服を三、四セット買って着回せばいいだろう。

 そうと決まれば明日は服の買い出し、明後日はその他の荷物の買い出しになりそうだ。



 翌朝は早く起きて、朝食を食べる。

 数日後に去る部屋の掃除を軽くしてから町へと繰り出す。教会を出るまで「今日も恋人とデート? 羨ましい!」なんて言葉を何度もかけられながら、ニコニコと受け流す。


 彼女達に悪気は一切ないのだ。一晩空けたので、昨日よりもダメージは少ない。


 向かう先はメイン通りの高級店ではなく、裏路地のリーズナブルなお店。近所の人々や聖女見習いの子は大抵こちらで服を購入している。

 ファッションに興味はなく、当時は軽く聞き流していた。帰る直前になってお世話になるとは思っていなかったが、記憶の端に残っていて本当に良かった。


 いつも賑わっているとの話だったが、帰省が決まる前と後とでは状況が異なる。きっと表通りを歩けば顔見知りの子と出会うのだろう。

 私が買ったワンピースは少し値段がはるが、今年のトレンドらしいので王都土産として買う子もいるかもしれない。私も妹へのお土産を買うとすればあちらの店を選ぶ。


「一回着ちゃったけど、村に送れば誰か着てくれるかな」

 ちょうどいい服を探しながらポツリと呟く。けれどすぐに、あんな縁起の悪い服を妹が着たら最悪だと頭を振る。結構高かったのにとかもったいないとか思ったら負けだ。


 あれは過去を切り捨てるための投資だと考えなければ……。

 ここにいるともったいない精神が刺激されそうだ。慌てて適当な服を見繕ってレジに持っていく。


 無事に当面の服を手に入れ、店を出る。数歩歩いてから、ピタリと足を止めた。


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