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37.りんご飴

 二人は残った芯と串を見つめながら肩を落としていく。


 食べ終わってしまったのが悲しいのかと思えばそうではない。


「彼にも食べさせてあげたい……」

「ああ、きっと気に入りますね」

「彼?」

「果物を育てている魔人です。ダイリさんの作る、果物を使ったおやつに興味があるようでした」


 以前見せてもらった手紙にもそんなことが書いてあった。

 手紙を通してしか知らない私と、直接会って話したことのある二人とでは相手に対する思いの大きさも随分と異なる。


 こんなに落ち込むくらいなので、かなり仲が良いのだろう。


「きっとこのりんご飴も気に入ります」

「会う日を教えていただければまた作りますよ!」

「本当にですか!」

「今日でも明日でも!」

「今日でいいなら、これ持っていきますか?」


 美味しいりんごを送ってもらったお礼だ。

 ちょうどオルペミーシアさんに渡す用の袋を用意してもらっている。昨日、ジャムクッキーを入れたものと同じだ。


 袋に入れて、口元を赤いリボンできゅっと縛る。


「でもそれはダイリさんの……」

「私は食べたことありますし、またいつでも作ればいいだけですから」

「ありがとうございます。では遠慮なく」

「早速届けに行ってきます。夕食までには戻りますので」


 そういうやいなや、窓を開いて飛んで行ってしまった。


 転移魔法は使わず、飛んでいくらしい。

 転移魔法を使わなくても魔界と人間界って行き来できることを初めて知った。


 魔族と争っていたとはいえ、多くの人間はそんな初歩的な知識すらない。

 だがここに住んでいる以上、魔法だけではなく、魔界についても知る必要があるのかもしれない。



 その一歩が魔族ともっと仲を深めることであり、おやつを配ることでもある。



 キッチンワゴンにクッキーとドーナッツを載せ、カラカラと転がす。

 魔王様に見つからないよう、配り歩く分はバスケットに入れてから布をかぶせた。


 先に王の間に向かい、タイランさんと魔王様に渡してから、その足でドーナッツを配り歩く予定だ。


 オルペミーシアさんがいるのは二階。

 キッチンワゴンを持っていくのは大変なので、りんご飴はキッチンに置いていくことにした。ドーナッツを配り終え、キッチンワゴンを戻してから今度は図書館を目指すつもりだ。



「これも食べていいのか!?」

 数種類のクッキーに加えて、三種類のドーナッツの盛り合わせに、魔王様は爛々と目を輝かせている。


 おやつの盛り合わせセットを前に、ワゴンに残ったものには気づいていないらしい。多めに盛っておいて良かった。


「はい、今日は特別です」

「特別……いい響きだな」

「このレーズンが入っているやつ、美味いな」


 ジャムクッキーはもちろん、ドーナッツも気に入ってくれたようだ。機械的な動きで掴んでは口に運んでいく。

 バスケットの中にも同じ物があると知られれば、そちらも欲しいと言われそうだ。


 こんな時はさっさと退散するに限る。


「お皿は後で回収しに来るので」

「何か用事でもあるのか?」

「この後、図書館に行く用がありまして」

「そうか。頑張るのだぞ」

「はい。それでは失礼します」


 嘘ではない。ただ魔王様が思っている用事とは違うだけで。


 キッチンワゴンを転がしながら、廊下を散策する。

 交流の多い、シエルさんとメティちゃん、グウェイルさん以外の使用人達はどこにいるか分からないので、とにかくグルグルといろんな場所を歩く。


 遭遇した人に「他の人と分けて欲しい」と伝えて複数のカップを渡す。

 この繰り返しである。この方法でどのくらいの人に届くかは分からないが、受け取ってくれた彼らは皆、喜んでいた。


 好評だったらまた定期的に配り歩くのもいいかもしれない。


 全て渡し終えた後で、ワゴンを戻すためにキッチンへと戻る。そして今度はりんご飴を手に、図書館を目指す。


 二階に続く階段に差し掛かる頃、遠くにとある人物の姿を見かけた。

 先ほどまで王の間でおやつを食べていた魔王様がカップを手に、こちらに向かってくるのである。


 魔王様とタイランさんの分はお皿に盛っている。カップを渡したのは使用人にだけである。その時点で嫌な予感がした。


 けれど魔王様が近づいてくるごとにその嫌な予感がどんどんと育っていく。

 なにせ一つだけと思われた手元のカップが何段にも重なっているのだから。


 魔王たる彼が、自主的に空のカップを集めて回るはずがない。

 そもそも魔王様が王の間から出てくるのはもっとおやつが欲しい時だけ。


「今日も美味しかったぞ!」

「それ、どうしたんですか?」

「持っていた奴からもらったのだ」


 もらった、ではなく奪ったの間違いだろう。

 満面の笑みを浮かべる魔王様から目を背けたい気持ちでいっぱいだ。


 けれどここで目を背けても何も変わらない。向き合うしかないのだ。


「それは使用人さん達にあげた分です。魔王様の分はちゃんと用意したでしょう? 足りないからって人の分を取ったらダメです」

「なぜ怒っているのだ?」


 本当に、なぜ怒られているのかを理解していないようだ。


「なぜって……自分の分を取られたら誰だって悲しいでしょう?」

「強き者がそれを欲していたらそれを差し出す。それが弱き者の定めだ。悲しむ暇があるのであれば、相手よりも強くなればいい」

「何を言って……」


 頭が痛い。けれど魔王様は真面目に言っている。ドーナッツ欲しさに適当に言い訳をしている訳ではないのだ。


 これが、魔族との考え方の違い。魔族側のルールなら口を出すべきではないのかもしれない。


 だがそれを認めてしまえば、私が今後彼らにおやつを作るたびに腹ペコ魔王様に奪われてしまう。おやつは献上品というイメージは何も変わらない。今のままだ。


 どうしたものか。頭を抱えれば、魔王様はキラキラとした目を向けて来る。


「それより、ドーナッツはもうないのか?」

「魔王様……」

「なんだ?」

「私と一つ、お約束をしませんか」

「約束?」


 悩んだ末、私はとあるルールを作ることにした。

 魔王様はこてんと首を傾げている。種族的なルールはあっても、彼個人を縛る約束はなかったに違いない。


「今後、他人のおやつを取ってはいけない。取ったら取った分に応じて、翌日以降のおやつを抜くこととする――っていうお約束です」

「傲慢だ! そんな約束、我は受け入れんぞ!」


 魔族のルールから外れた提案だ。その上、私は魔王様のおやつ係でもある。彼が怒るのも当然といえば当然。


 だが私には秘策があった。

 オルペミーシアさんに渡す予定だったりんご飴を取り出し、目の前に掲げてみせた。


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