34.ふわっともふもふ
「ああ、こいつは」
「ダイリ様のお知り合いですか?」
「……なぜそう思う?」
「この方からはダイリ様の匂いがします。魔族とはいえ、勝手に連れてこられては困ります」
「匂い?」
私は香水などの香りものを付ける習慣はないし、今日は汗をかくようなことはしていない。
もしかして普段から変な匂いとか!?
そうだとすればかなりショックだ。
今は魔王城で用意してもらった石けんを使っているが、体臭が気になるならもっと違うものを用意した方がいいかもしれない。
ミギさんとヒダリさんに伝えて野菜をもっと沢山出してもらう方が先か。いや、まず初めに魔人が不快だと感じる匂いを確かめてからそれに合わせて調整していくべき?
慌てる私にシエルさんは抑揚のない声で種明かしをしてくれた。
「いえ、私達の一族は風を操ることを得意とするので香りに敏感なだけです」
魔王城に来た頃ならともかく、距離が近づいてきた今、その声はチクチクと胸に刺さる。だが風魔法が得意というのは納得だ。
「確かに脱水の時の魔法、凄かったですよね!」
洗濯方法を教えてもらった時、シエルさんの魔法を見せてもらったが、本当に凄かった。
スッとタオルが浮き上がったかと思えば、一瞬で乾いてしまうのだ。
かといって水分を飛ばしすぎてカピカピになることはなく、ふわっとした仕上がりになる。
まさに職人技。使用人の中でもあのレベルに達している人は少ないらしい。
私も練習はしているものの、あの境地に辿り着くのはまだまだ先のこと。
洗濯時の光景を思い出しながらコクコクと頷く。するとシエルさんは大きく目を見開いた。
「……もしやダイリ様、ですか?」
「タイランさんに変身魔法をかけてもらったんです」
種明かしをすれば、シエルさんは感嘆の息を吐いた。
「それは気付きませんでした。もう少しよく見ても?」
「ああ。魔族に変身させるのは初めてだから、違和感があったら教えて欲しい」
「違和感なんて……。角も良く出来ています」
「触るとちゃんと固いんですよ」
「タイラン様の力は理解していたつもりですが、まさかここまでとは……。それにしてもこの服、きっと普段のお姿にも似合いますよね」
少し話がずれたような気がするのは気のせいだろうか。
服も変身魔法の一部と言えばそうなのだが、シエルさんはデザインを確認しながら、色味や細部の装飾をじっくり見ている。
だがタイランさんが気にする様子はない。むしろ褒められて嬉しそうだ。
「人間界に行った時に見た服を参考にしてみた」
「店名を伺ってもよろしいでしょうか。新しい服を買う際の参考にさせて頂きます」
「ちょっと待ってろ。今、地図を書く。先月行った時に寒い時期の服が少しずつ並び始めていたから、今行けばかなりの数が並んでいるんじゃないか?」
タイランさんは手持ちのペンをさらさらと走らせ、シエルさんにメモを渡す。自然な流れのようだが、その服を着ることになるであろう私の意見は求められていない。
まぁ用意してもらった服はどれも動きやすいから困ってはいないけれど。
むしろ寒い時期の服と言われて、そろそろ衣替えの時期かと思い出したくらいだ。
来たばかりの頃は寒くなったら、羽織れそうな物を借りようと思っていたものの、服は様々な物を用意してもらっている。
その上、魔王城内は空調管理がされていて、裏庭に出てようやく寒さや暑さを感じるくらいなのだ。
季節や衣替えに疎くなっても仕方ない、と自分に言い訳をしておく。
タイランさんとシエルさんの情報交換が終わるのを待ち、今度こそ魔王様のもとへと向かう。
けれどさすがは魔王様。すぐに見破ってしまった。
「ダイリ、そんな格好してどうしたのだ?」
疑う仕草さえなかった。タイランさんもそうなることは気付いていたらしい。
やはり見破られたか、と首の後ろを掻いていた。少し悔しそうだ。
タイランさんがたまに変なところで魔王様に気を使うのは魔族の王様だからじゃなくて、単純に自分よりも実力が上だからなのかもしれない。
「変身魔法に興味があって、タイランさんにかけてもらったんです」
「それなら我の方が上手いぞ!」
魔王様はそういうや否や、ひょいっと指を振った。
すると私の身体が煙に包まれ、服装がガラリと変わった。シエルさんが着ているメイド服と同じものを身に纏っていたのだ。
だがそこで終わりではない。
頭に手を伸ばせば、角の代わりにもふっとしたものがあたった。お尻の辺りにも白いもふもふとした尻尾が付いている。
「これは……」
「メイドとケルベロス達を参考にしてみた」
角を付けてもらった時もそうだが、今回も質感の再現度が高い。自分に付いたものだと理解していながらも、ついつい耳や尻尾に手が伸びてしまう。
もふもふと楽しんでいると、先ほどよりもずっと悔しそうにしているタイランさんの顔が見えた。変身魔法の中でも難易度があるのかな。
「気に入ったか?」
「はい!」
「そうか! ならご褒美にクッキーをくれてもいいのだぞ?」
「……もしかして、私に気付いたのってクッキーの香りがしたからだったりします?」
「見れば分かる。だが例え見えずとも、ダイリのことは見分けられる。なにせダイリからはいつも甘い香りがするからな!」
魔王様はえっへんと胸を張る。
明日のおやつに数種類のクッキーを出すと約束すれば大喜びで、服装や目と毛の色を変えてくれた。
魔王様ももふもふが気に入ったらしい。耳と尻尾はずっと固定で、途中からもふもふを楽しんでいた。
もう終わりとなった時、一番残念がったのは魔王様ではなく、タイランさんだったのは少し意外だった。
「……と……を組み合わせて、同時展開、いや硬化のように一度で一気に発動させれば動きがなくなるか。このふわっと出すには遅れて発動させた方がいいのか? だが一定の感覚で発動させるには付与魔法が最も適しているが、発動タイミングをずらすためには……魔法を応用する必要があるから……がいいのか。だが途中で解けたら意味がない」
ブツブツと呟かれる言葉には専門用語が並び、私にはさっぱりだ。だが彼にとって良い物を得ることが出来たのだろうとは思う。
変わらぬ日々というのもいいが、たまには違うことにチャレンジしてみるというのも良いものだ。
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