33.変身魔法
そこまで考えて、ふとある考えが浮かんだ。以前から気になっていたことなのだが、それを聞くにはちょうど良い機会である。
「ところで前から聞いてみたいことがあったんですが」
「何?」
「魔族の人達が人間界に行く時に角とか尻尾とかどうやって隠しているんですか? 羽根は収納出来るにしても、角とかって無理ですよね?」
普通に生活している魔族もいるようなので、何か特殊な方法があるとは思ってはいる。だがその特別な方法とは何かが気になっていた。
「もちろん魔族の秘密とかだったら秘密のままでもいいのですが、その……気になって」
「別に特別なものではなく、ただの変身魔法よ」
「変身魔法?」
初めて聞く名前だ。
名前から連想するなら普通に変身する魔法――魔族が人間の姿になる魔法、という認識でいいのかな。
今まで読んだ魔道書にも載っていなかったので、かなりの高位魔法であることは確かだ。
「人間も使っているでしょう? あれと全く同じ魔法だけど、人間よりも魔族の方が魔法を使うのが上手いから、隠れるのが上手ってところかしら」
「人間も、使っているんですね……」
「人間界を散策しているとたまに見かけるわ。人間のことなら私よりも魔法使いさんの方が詳しいんじゃないかしら。ちょうどさっき見つけたから呼んでくるわね」
オルペミーシアさんはそう告げて、ふわりと飛んでいく。
人間界にいるのに、人間が変身する必要ってなんだろう?
変身願望がある、とか?
前世で言うところのコスプレのようなものか。都会のハロウィーンの様子を想像する。
「楽しそう」
ぽつりと呟く。するとオルペミーシアさんに手を引かれてやってきたタイランさんが呆れたような目を向けてくる。
「どんなものを想像しているんだ……」
「小さい子が妖精の服を着ていたり、大人達がキャラクターに扮しているイメージです」
たまに食べ物とか飲み物のボトルの着ぐるみなど、少し変わったものに扮している人達もいたりした。
私は現地に行ったことはなく、毎年テレビに映る様子を見るだけだったが、みんなとても楽しそうだった。
「そんな格好していたら目立って仕方ないだろ……。変身魔法は上位貴族や王族なんかがお忍びの時に使う魔法だ。馴染むのが目的で、普通に近くを歩いている人間と似たような見た目になる」
タイランさん曰く、変身魔法自体はさほど難しくはないらしい。私でもコツさえ掴めば今日明日で使えるようになるのだとか。
だが魔法をかけた者の実力がダイレクトに反映される魔法で、実力が低ければすぐに変身を見破られてしまう。
正体を見破られることを恐れて二重、三重にかける者もいるらしい。
ただ、そんなにかけていれば帯びる魔力量も増え、本来は気付かないような相手にも怪しまれることになるという。
つまり見破られたくなければひたすら熟練度をあげろ、ということだ。
一部の人間からは重宝されるため、この魔法だけを極める魔法使いもいるのだとか。どこにでも需要はあるものである。私には一生縁がなさそうだ。
「気になるか?」
「まぁ、少し……」
変身願望がある訳ではないが、どんなものなのか気になる。
子どもっぽい願いだと思うと途端に恥ずかしくなって、赤くなった頬を掻く。
「ならかけてやる」
「いいんですか!?」
「かけてやるから明日のおやつはジャムクッキーにしてくれ」
「へ?」
「俺もそれが食べたい」
タイランさんが指し示す先にあるのは、オルペミーシアさんのポケットから少しだけ覗く袋だった。
あのわずかな隙間から見つけ出すとは、さすがはタイランさん。
ジャム関連となるとかなり目敏い。
「分かりました。ジャムクッキーだけでは寂しいので、他のクッキーも数種類用意しますね」
タイランさんは、よしっと小さく拳を固めた。よほど食べたかったらしい。
オルペミーシアさんが休憩室として使っている部屋に移動して、早速変身魔法をかけてもらう。
全身を温かい空気で包まれたが、変わっている実感がない。これで終わり? と首を傾げる。
するとオルペミーシアさんはニコニコと笑みを浮かべながら、大きな姿見を持ってきてくれた。
「わぁ凄い、角! 角がありますよ!」
頭の上には立派な角が生えている。
手を伸ばせば、触ることが出来た。魔人の角なんて触ったことはないけれど、結構しっかりとした物体が、私の頭の上に載っている。
目の色や髪の色に長さ、服装まで変えてくれて、本当に別人になったようだ。
鏡の前でくるくると回りながら、後ろ側や髪の動き方を楽しむ。
「他人に魔法をかけるのって難しいのに、この質の高さ……凄いわ」
「まぁ慣れているからな」
「魔王様に見せに行ってもいいですか!?」
「いいぞ」
タイランさんに許可を取り、王の間を目指す。
慌てて走ると怪我するぞ、と言いながら彼も後ろから着いてきてくれる。
目に映るのはいつもと変わらぬ光景なのに、なんだか違う人になった気分だ。
「あ、シエルさん!」
王の間へと続く廊下を歩いていると先ほど分かれた彼女の姿があった。
なにやらそわそわしている様子だ。何かあったのか。不思議そうに見ていると、私の声に反応して振り返った。
「タイラン様、そちらの方はどちら様でしょうか。来客があるとは窺っておりませんが」
シエルさんの顔にはほんの少しだけ警戒の色が見える。初めて向けられる表情に胸が痛む。だが同時にいたずらが成功したようなわくわく感もある。
それに振り返ってくれたことで、私があげたクッキーを大事そうに両手で持ってくれていることも知ることが出来た。
頬が緩みそうになるのをグッと堪える。
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