31.ケルベロスの餌やり当番
「もう『待て』は出来るよな? 次はやらないよな?」
彼の優しい問いかけにケルベロス達は首を縦に振る。あまりの勢いに首が取れてしまうんじゃないかと思うほど。
「じゃあダイリにちゃんと謝れ」
タイランさんの指示で、犬達は揃ってこちらを向く。そしてくーんと弱弱しい声で鳴きながら頭を下げた。完全に躾が完了したようだ。
「今度からやらないでくれれば大丈夫だから」
「許してもらえてよかったな。じゃあお前らは自分のところに帰れ。ダイリはもう大丈夫か? 大丈夫そうならメイドを呼んで、俺は文句を言いに行くが」
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「気にするな」
ひらひらと手を振って、タイランさんはエサやり担当の使用人の元へと向かった。
後日、シエルさんから聞いた話によると、担当者はこってりと絞られたらしい。
ただし、タイランさんの訴えはどれも至極真っ当なことだった。自業自得だと一蹴していた。
「ダイリ様の受けた恐怖を思えばあれくらいで済んだだけありがたいものですよ」
彼女の表情は固く、少しだけ怒っているようにも見えた。
それからケルベロス達の訪問がなくなったかと言えばそんなことはなかった。彼らはあれからも度々私の部屋を訪れる。
だがタイランさんのお説教効果か、ドアに突撃することはない。
ワンワンとしばらく鳴いて出てこないと分かると、ドアの前で丸くなるようになったのだ。同時にキッチン前でも待てるようになった。学習能力は高いようだ。
ちゃんと待っていればもらえると分かったせいで、お腹が空いていない時にも来るようになったが。
おかげでいつの間にかおやつだけではなく、彼らの餌やりも私の仕事になっていた。
担当者が餌箱を持っていても見向きもしないのだから仕方がない。
それどころか何度も遅れたことを根に持っているのか、鳴きながら追い駆けたりもする。
私との初対面の時のように牙をむき出しにはしていないので、遊ばれているだけだろう。彼らの興味が収まるまで付き合うしかない。
それよりも番犬なのにこんなに自由に出歩いていていいものなのか、疑問はある。けれど城主である魔王様は全く気にしていない。
たまにケルベロス達の餌箱に入れたおやつを覗き見して「我よりも多いんじゃないか?」とおやつの量で張り合うだけだ。
使用人達も初めこそ驚いていたが、手を出さなければ危険はないと学び、すぐに気にしなくなった。
無邪気におやつを食べる光景と、タイランさんに完全服従な姿を見慣れたとも言える。
「今回も難しかったな~。ノートも結構使ったけど、ページ足りて良かった」
残りわずかになった空きページを数える。タイランさんが勉強用にと度々買ってきてくれるおかげで、勉強ノートも次で十一冊目。
進むごとに難しさとノートの消費量が増え、多めにあったはずの予備のノートはなくなってしまった。
タイランさんがつぎに人間界に行くのは、五日後。
今回も材料採取のために向かい、帰りに買い物をして帰ってくるそうだ。その時に買ってきてもらおう。
そして今度こそはノート代も払わせてもらわねば。
早めに渡すと適当な理由を付けて突き返されるから、代金は前日に渡すことにする。
魔道書も借りてきたものは読み終わってしまった。新しいものに移りたい。
そうだ、魔法道具の本を借りに行こう。
ずっと気になってはいたものの、今手元にあるものを終えてからにしたくて後回しになっていたのだ。
そもそも図書館に魔法道具の本が置かれているのかは分からないが、オルペミーシアさんに頼めば見つけてくれることだろう。
頼むなら、差し入れも作っておきたいものだ。
今度の差し入れに、と考えていたものがある。ジャムクッキーだ。以前、ジャムを作っている時にハッと浮かんだ。
それに今まで丸と四角の二種類だったクッキー型に、先日、新たな仲間が加わった。おやつの本に載っていたクッキーを見たミギさんとヒダリさんが買ってきてくれたのだ。
星やハート、お花に動物の形などそれはもういろんな形を。
今日はその型の中からお花の型を使おうと思う。それから少し小さめの丸い型を。
クッキーにジャムを載せるだけではなく、サンドにしようと考えている。
上になる方のクッキーには真ん中に丸い穴をあけ、そこからジャムが見えるようにするととても可愛い。
使用するのはりんごジャム。
人間界で果物を育てている魔人さんが、今回もたくさん送ってくれたのだ。
それもアプリコットの時に好評だったとミギさんとヒダリさんから聞いたのだと、今回は四種類も。味も大きさも全然違う。
ジャムだけではなく、いろんなおやつが作れそうだ。ありがたい。
例のごとく、気に入ったタイランさんはおやつに出した残りのジャムを持ち帰れないか狙っていた。
持ち帰る間もなく、残りの分も魔王様が綺麗に食べてしまったのだが。
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