30.恐怖体験
「身体の数が増えたらエネルギー消費量は増えませんか?」
「身体と胃が小さくなるから一頭あたりが必要とする量は減る。エネルギー源を得るにも手分けして探した方が効率いいだろう。三頭もいればこうして獲物を囲うこともできるしな」
「獲物って……。作るにしても、さすがにキッチンに入れることはできませんよ?」
「魔王ならこいつらをどうにかできるんじゃないか? 通信機持っているんだろう? 聞いてみたらどうだ」
「あ、そうですね」
携帯していた通信機を取り出し、魔王様に繋ぐ。
すると繋がるや否や、魔王様の口から飛び出したのは「タイランじゃダメだったのか?」という疑問だった。不機嫌になったタイランさんは横からずいっと頭だけ寄せてくる。
「俺が弱いみたいに言うな」
「それでタイランが無事ならどうしたのだ?」
実は……と事情を話せば、魔王様は見事に懐かれたな! とケラケラと笑い出した。そしてこの状態を見たいからそのまま王の間へと来て欲しいと言い出した。
見せてくれたら蒸しパンが出来るまで面倒を見ているから、と。
王の間へと到着すると、魔王様がさらに楽しそうに笑い出したのは言うまでもないだろう。
ちゃっかり自分の分も要求してきた魔王様と腹ペコわんちゃん達の蒸しパンを作った。
大量に作ったつもりが足りずに、また追加分を作って……と繰り返し、ケルベロスが満足したのは一頭あたり十個以上も平らげた後のことだった。
元の姿に戻り、トコトコと戻っていった。
帰ってくれた頃にはもうへとへとで、予定していた質問タイムは延期することとなった。
部屋に戻り、ベッドにダイブする。
何度も往復したため身体的な疲労もあるが、ほとんどは精神的疲労である。まさかあんなに食べるとは思わなかった。
多分、回復付与魔法は効かない。それでも効いたらラッキーくらいの軽い気持ちで、寝転がりながら布団に付与魔法をかける。
するとシエルさんが災難でしたね、と労ってくれた。
たまたま掃除に来てくれていた、わけではなく、ケルベロスさんの件を聞いて様子を見に来てくれたのだ。
なんでも彼らもいつもああというわけではなく、今日はたまたま彼らの食事を任されている使用人が時間よりも少し遅れていたらしい。食事を摂った後ならあんなに大量の蒸しパンを焼く必要などなかったのだ。
可愛いところは見れたが、もう懲りた。
脳内メモには真っ赤な太字で『むやみに餌付けはしない!』を書き込んだほど。
だがこれは始まりに過ぎなかった。
夕食も摂らずに眠った私を起こしたのはどんどんとドアを強く叩く音だった。
一体何が起きたのか。
魔王城に侵入者でも現れたのか。和平を結んだ後なのに?
いや、和平に納得いかない人が乗り込んできたの?
起きたばかりの頭はパニック状態で、このままドアが蹴破られてしまうのではないかという恐怖ばかりが募っていく。
ベッドサイドに置いた通信機にさえ手を伸ばすことは出来ずにガタガタと震える。
「助けて……」
ギュッと閉じた瞼の裏に浮かんだシルエットは男性のもの。よく知る、彼の背中。けれどその人が振り返ることはない。
来てくれるはずがない。だって彼は私を捨てたのだから。
「ダイリ!」
そう、彼は来てくれなかった。けれど今、優しい魔法使いが私を包み込んでいる。
ポーション作りの最中だったのか、その身体からは薬草の香りがする。転移魔法を使って飛んできてくれたのだろう。
「タイラン、さん」
「大丈夫、大丈夫だ。ドアの前にいるのは怪しいやつじゃない。魔王が敵をすんなり通すはずがない。おそらくケルベロスだ」
「ケルベロス、って昨日の?」
「少し落ち着いたか?」
ドアの向こう側にいる存在がイメージ出来たこと、そして彼の声を聞いているうちに少しだけ落ち着いた。けれど完全に恐怖がなくなったわけではない。
まだ手が震えている。離れようとするタイランさんの服を無意識に握っていた。
「ダイリ……」
「あ、ごめんなさい」
「ケルベロスでなくとも俺が守る。心配するな」
タイランさんは私の頭をポンポンと優しく撫で、囁いた。その言葉で身体からスウッと恐怖が抜けていく。
「ドア、開けてもいいか?」
小さく頷くと、タイランさんはずんずんとドアの方へと歩き出した。
いくぞ、と声をかけてからドアを開く。
すると部屋の中に三匹の犬が転がり込んできた。タイランさんの見立て通り、音の正体は昨日のケルベロスだったのだ。
三頭いるので、お腹が空いているのだろう。
私の匂いを覚えてここまでやってきてしまったといったところか。謎が解けてようやく力が抜けた私に対し、タイランさんは目元をヒクつかせている。
「お前ら、そこに座れ」
低い声で指示を出す。
犬達は本能的に何かを察したのか、きゃんっと小さく鳴いてお座りをした。頭を垂らし、心なしか身体も小さくなっているように見える。
そんな彼らにタイランさんは淡々と何がいけなかったのかを並べていく。魔獣とはいえ、容赦はない。
分かるよな? と詰め寄る姿は正直怖い。
けれど彼が怒ってくれているのは私のため。引いては二次的な被害を防ぐためである。
キッチリお座り・伏せ・待ての基本セットと、頭を強打し続ければ危ないということまで教え込んでいる。
「面白い」「続きが気になる」など思っていただけたら、作品ブクマや下記の☆評価欄を★に変えて応援していただけると励みになります!




