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29.おめめキラキラさんにのんびりさん、それから……

 他の二頭の変化を前に、牙をむき出しで怒っていた子も少し様子が変わっていく。

 警戒態勢は取るように踏ん張りながらも、唸り声が弱く、先ほどのような覇気がない。


 あの子も食べたいのだろう。

 そう思い、その子に向かって蒸しパンを投げる。


 けれど近くにいたキラキラおめめの子が空中でキャッチしてしまった。

 幸せそうに頬を動かしていると、のんびりさんが自分も欲しいばかりにわふと短く吠えた。可愛い。そちらにも投げれば満足そうな笑みを浮かべる。


 けれど残りの一頭の表情はどんどん悲しみに暮れていく。

 私の手元の蒸しパンもあと少し。


 うううっと聞こえる唸り声は泣いているようにも聞こえ、なんだか可哀想に思えてくる。

 だが手前では今か今かとぴょんぴょん飛んでいる子がいて、後ろではのそのそと動きながらも食べる気満々でスタンバイしている子がいる。


 確実にあの子にあげるには目の前に行くのが一番なのだが、噛みつかれるのは怖い。

 それに他の二匹に飛びかかられないとも限らない。腕を組みながら頭を悩ませる。


「もらってきたぞ。……って、ダイリ、何やってんだ?」

 戻ってきたタイランさんはポットとカップが載ったトレイを持っている。ケルベロスを見つめる彼からありがたく受け取り、お茶を注ぐ。


「餌付け、ですかね?」

「なぜ疑問形なんだ。それに一頭、元気ないのがいるが」


 彼の視線の先にいるのは覇気を失ったあの子である。先ほどよりも元気をなくしている。目に涙を貯めてプルプル震えているように見えなくもない。


 なんとか食べさせてあげたいものだ。


「あの子にあげたいんですが、ここの位置から狙って投げるのが難しくて」

「下手なんじゃないか?」


 前世でも今世でも狙いを定めて物を投げる機会はそうそうなかった。

 輪投げや鯉のエサやりくらいなものだ。たまに面倒臭くなってゴミ箱にティッシュを投げ捨てもしたけれど、成功した記憶はほとんどない。

 途中で投げる方が面倒臭くなって捨てに行くまでがセットだった。


 タイランさんの言う通り、私が下手なだけかもしれない。

 残りはわずか。一回分しかない。ならば彼に託してみるのもいいだろう。


「タイランさんもやってみます?」

「ああ」

「手前の子が結構飛ぶので気をつけてくださいね」


 鎖もあるし、問題ない。

 そう言ったタイランさんの手から離れた蒸しパンは円を描いて飛んでいった。


 今度こそ届くと思われたそれに、例の子は警戒心など殴り捨てキラキラとした視線を向ける。


 やっと素直になったらしい。ああ良かった。

 ほのぼのしそうになった瞬間、光の矢のように何かが飛んできた。そう、お目目きらきらなあの子である。


 斜めにピョーンと大ジャンプを決め、パクリと一口でいってしまった。着地も完璧で、これがフライングディスクの大会だったら優勝していたことだろう。


 だがその子に優勝トロフィーは与えられない。

 向けられるのは背後からの絶望した表情だけである。


「まだ作ればあるから。だから元気出して、ね?」


 あまりの悲壮感にこちらが必死になってしまう。

 おずおずと顔をあげるその子に「すぐ持ってくるから!」と約束をすれば、ブンブンと首を振った。


 いらないということか。完全にヘソを曲げてしまったな……と思えばそうではなかった。

 首を振った衝撃で、鎖が繋がっていた首輪はカシャンと音を立てて落ちた。そして鎖から解放されたその子はトコトコとまっすぐに歩いてきた。


「下がれ!」

 タイランさんの後ろに急いで隠れる。臨戦態勢を取る私達だったが、ケルベロスさんはお構いなし。近くまで来ると、今度は私達の周りに円を描くように回り出した。


 それに続くように残りの二頭も自力で首輪を外してクルクルと回る。

 一体どんな意図があるのか。その答えは彼らの尻尾を見れば一目瞭然だった。


「懐かれたな……」

 ブンブンと大きく揺れる尻尾を見て、タイランさんは警戒を解いた。危険性はないようだ。


「それじゃあ今から作ってくるから待っててね」

 心を許してくれたはいいものの、待ては出来ないようだ。

 少しずつ移動すると私を起点にして回り始める。満足するまで解放してもらえないのではなかろうか。


 先に円から抜け出したタイランさんに助けを求める。


「何かいい方法はありませんか?」

「満足するまで食わせる以外ないだろう。腹が減っているところを狙って餌付けしたダイリが悪い」

「お腹減ってたんですか?」

「なんだ、知らなかったのか。ケルベロスは腹が減ると三体に分かれるんだ。エネルギー消費を減らす目的と、いざという時に一頭でも生き残れるように進化した結果だ」


 そんなの初耳だ。そもそもこの世界にケルベロスが存在することすら昨日メティちゃんから聞いて知ったのだ。


 だが生物がその環境に独自の変化を遂げることは珍しいことではない。そういうものだと受け入れるのが一番である。


 ただし、彼の説明に引っかかるところがある。


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