28.魔王城の番犬 ケルベロス
無事にケルベロスに会いに行く許可も得られた。
魔王様のおやつタイムが終わってから、ケルベロスがいるという城門を目指すことになった。
タイランさんはここで食べずに、あちらに到着してからゆっくり食べるそうだ。
彼と私の分のおやつは、いざという時にケルベロスに投げるために用意していた蒸しパンと一緒に紙袋に入れ、王の間を後にする。
城門付近に行くのは初めて。もう数ヶ月は住んでいるが、魔王城の中や裏庭方面には行っても入口方面に行くことはなかった。
外部からの侵入者を警戒してか、そちら側には生活スペースなどの大事な場所が配置されていないのだ。一応手入れはしているようだが、ほとんどが使われていないそうだ。
話には聞いていたが、入口方面の部屋や装飾はかなり派手。たまによく分からない魔法道具が置かれていたり、巨大なツボがあったり。意味不明な本が大量に置かれた部屋なんてものもある。
これらは全て人間が考えるような『魔王城らしさ』というものを取り入れた結果だそうだ。私も中の人達を知る前だったらこれらに怯えていたかもしれない。
だが今となってはこのよく分からなさも楽しめる。きょろきょろと周りを見ていると、タイランさんが呆れたような溜息を吐いた。
「そんなに面白いか?」
「とっても!」
「危ないから触るなよ?」
「はーい」
気の抜けた返事をして、変なもの見物を再開する。
タイランさんがそれ以上注意してくることはなかった。代わりに少し足を止めそうになると、袖を引かれる。
そうしてたどり着いた門付近にケルベロスはいた。
「なんか、小さいですね?」
スヤスヤと眠る魔獣の頭は三つある。けれど大きさは私が想像したような特大サイズ……ではなく、中型犬〜大型犬程度。ちょっと大きめな柴犬サイズといえば分かりやすいか。
メティちゃんが仲良くなりたいと気軽に近づこうとした気持ちがよくわかる。
「幼体だからな。だがあれでもケルベロスだ。舐めてかかると怪我をする。だから眺めるだけにしておけ。ここなら鎖も届かないしな」
「分かりました」
近くの出っ張りに腰掛けて、二人して蒸しパンを摘まむ。ちょっとしたピクニック気分だ。
「お茶も持って来れば良かったですね」
「そうだな。もらってくるか」
そういうやいなや彼の姿は消えた。
タイランさんの使う転移魔法も見慣れたものだ。一人でもぐもぐと食べながらお昼寝中のケルベロスを眺める。
すると三つの頭は同時にパチリと目を覚まし、伸びをする。
起きるタイミングに居合わせるとは私も運がいい。可愛いなと眺めていると、三つの頭のうち一つと目があった。見慣れぬ私に興味を持ったのか、残りの頭もこちらに向く。
同じ個体と言えども反応が違う。
敵意むき出しでこちらに牙を剥けている子に、爛々とした目で私の手元に熱い視線を抜けている子。それからまだ眠そうに大きな欠伸をして目が閉じかかっている子までいる。
番犬としてこれでいいのか。自由すぎやしないか。
冷静に考えられるのは、鎖があるから。ロックオンされても危険はないはず。
安心して蒸しパンのカケラを口に放り込むと、ケルベロスを包み込むようにポンッと煙りが上がった。何事かと驚いて立ち上がる。すると煙の中から犬が現れた。
煙が消えてもケルベロスの姿は見えず、そっくりの犬が三頭。
それぞれの反応も先程までと同じ。いや、身体が別になった分、自由度は増している。
一頭はすでにおやすみモードだし、残りの二頭は今にもこちらに飛びかかってきそうだ。鎖があってよかったと改めて思う。
ケルベロスが集合体なんて衝撃な事実である。
だがそれを頭の端に寄せてしまうほどの可愛さが彼らにはある。もふもふさも倍増。可愛さも二倍、いや三倍である。
襲われた時用に用意していたおやつ入りの袋を握りしめ、目をキラキラさせているケルベロスさんに近寄る。もちろん鎖の長さには十分気をつけて。こちらに飛びかかれないくらいの距離を保つのも忘れない。
一番好意的な子と敵意メラメラな子がこちらに向かってやってくる。
鎖の長さは同じだが、元々の立ち位置は好意的な子の方が外側。つまり敵意メラメラな子よりも私に近い。
蒸しパンを千切り、好意的な子をめがけてぽいっと投げた。池の鯉に餌をやるのと同じ要領だ。すると空中で見事にキャッチした。
もぐもぐと小さな口を動かし、再びこちらに向かって猛ダッシュ。ハッハッと短く吐き出される息はもっと寄越せと訴えている。
敵意むき出しな子と負けずとも劣らない野性味だ。鎖がキンキンと音を立てるもので、おやすみモードの子もすっかり起きてしまった。こちらを気にしているようだ。
よく見れば口元が若干緩んでいる。
試しにそちらに向かって投げてみれば、のそのそと落下地点へと向かい始めた。こちらはこちらですごいマイペースだ。
けれどすぐに蒸しパンの美味しさに気付いたらしく、バッと頭をあげて、こちらへとトトトと走ってくる。そして私の手元をじいっと凝視している。もっと欲しいらしい。
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