26.もう手に入らないと思っていた時間
「悪いな。お茶はそこに置いてあるから好きな時に飲んでくれ」
「ありがとうございます」
「わぁい、ダイリちゃんの魔法だ〜」
メティちゃんは嬉しそうにタオルを首にさげる。
なんだかすごい魔法をかけたような気分になる。
実際は魔力を持つ人ならコツさえ掴めば使えるようになる簡単な魔法なのだが。
グウェイルさんから指導を受けながら、プランターから花を移していく。メティちゃんは慣れたもので、テキパキと植え替えを済ませていく。
私も手伝いに来たのだから戦力にならねば。
二人を見習って進めていく。
すると頭の上から「ああ、魔占花か」と聞きなれた声が降り注ぐ。振り返らなくても分かる。タイランさんだ。
「今日は一日籠る予定って言ってませんでしたっけ?」
「少し前に終わって、さっき食器下げてきたところだ。そうしたらコックがダイリは花植えてるっていうから見にきた」
くわぁと大きなあくびをしながら答えるタイランさんは少し疲れているようだ。気分転換でもしたかったのだろうか。頭をポリポリ掻きながらもすぐに立ち去る様子はない。
プランターをじいっと見つめる彼をグウェイルさんは見逃さなかった。
「魔法使い、暇だったら手伝ってくれ」
「俺は朝からずっと籠って、少し前にようやく作業が終わったんだが?」
「それでもわざわざ立ち寄るくらいだ。時間はあるんだろう?」
ほれ、とスコップを手渡すグウェイルさん。彼の中ではすでにタイランさんが手伝うことは確定しているようだ。二人の間には親しさを感じる。
「部屋に帰って寝るつもりだったが……まぁいい運動にはなるか。手伝う代わりに花が咲いたら花弁を少し分けてくれ。それから頼みたい草がいくつか。あとでメモを渡す」
「わかった。花も薬の材料として使うのか?」
「いや、大型魔法を発動される時のアイテム作成に使おうと思っている」
「人間の考えることはよく分からんが、咲いたら連絡しよう」
「頼んだ」
補助アイテムと聞いてパッと浮かぶのは水晶である。教会の聖女達が使っていたものもオリヴィエ様が使っていたのもそうだった。
けれど魔道書を読んで勉強を進めるうちに、他のアイテムでも媒介できることを知った。
数多くある補助アイテムの中で自分に合ったものを見つけやすいのが水晶であるため、水晶が広く使われていることも。
だが自分で作れるとは初耳である。いや、魔法道具がある時点で自作は不可能ではないのかな。こんな些細な会話からも新たな発見はある。
今度図書館に行った時は魔法道具についての本も借りることにしよう。
私が予定を立てている間にタイランさんはスコップ片手にずんずんと進み出す。そしてプランターが置かれているスペースにしゃがみ込んで、植え替えを開始した。
「タイランさん、慣れてますね」
「昔は師匠から『自分で使う分の薬草は自分で育てるように』って言われてたからな。そのついでに花や野菜の苗も渡されて、色々育てていたもんだ。ダイリはこういうの初めてか?」
「故郷では野菜を育てていたのでまるきりはじめてという訳ではないですけど、慣れてはいませんね」
「そうか」
会話は途切れ、そこから黙々と残りの分を植え替えていく。
人手が三人から四人に増えたことで植え替えは無事、日が昇る前に終わった。
シートをひいた場所に座り込みながら、魔法で冷やしたお茶を飲む。一時休憩したら例の花を植えるつもりだ。
どうせだからとタイランさんも植えることになり、グウェイルさんは追加の分の球根を取りに向かった。
その際にキッチンに顔を出したのか、ミギさんとヒダリさんがオレンジシャーベットを差し入れてくれた。三人でもらったシャーベットを突きながら会話を弾ませる。
「それでね、メティはケルベロスちゃん達と仲良くなるのが目標なの」
「ケルベロスがいるの?」
掃除の際に魔獣の世話をしている子と軽く話したことがあるので、魔王城に魔獣がいるのは知っていた。
でもまさかケルベロスまでいるなんて……。すごく魔界っぽい。図書館のドアと同じくらい大きな門の前に佇む超大型犬を想像する。
前世ではファンタジーの生き物とされていたケルベロスだが、頭が三つあることだけは多くの作品で共通していた。ただしそれ以外、犬種や尻尾の形なんかはバラバラだった。
ここにいるケルベロスはどの犬種寄りだろうかと想像を膨らませる。
どんな見た目でも、犬好きとしては是非一度会ってみたいものである。
「うん! もふもふで可愛いんだよ。でも全然懐いてくれないの……」
「あいつか。止めとけ、お前の手なんてすぐに食いちぎられるぞ」
「おじいちゃんと同じこと言う……」
「そりゃそうだ。あいつが懐かないのは何もお前に限ったことじゃない。特に今は主人がいなくて気が立ってるんだ。痛いのが嫌なら止めておけ」
「むぅ」
「むくれてもダメだ。会いに行くならせめてもう少し大きくなってから。それまでは庭師のじいさんの言うことをちゃんと聞いていい子にしてろ」
頬を膨らませるメティちゃんをタイランさんは淡々と諭していく。
けれどそこで終わらず、シャーベットの液を固めて「これでも食っとけ」とメティちゃんのお皿に追加のシャーベットを入れてあげる。
それですっかり彼女の気はケルベロスからシャーベットに逸れ、機嫌も治ってしまった。
「美味しいね!」
「慌てて食うと腹を壊すぞ」
「大丈夫だよ、メティ強いもん。ダイリちゃんの分はメティが作ってあげるね」
「ありがとう」
上手く凍らせられたメティちゃんの頭を撫でれば、えへへと頬を緩ませる。
「おお、上手く出来たな。俺の分も作ってくれ」
「いいよ!」
上機嫌なメティちゃんはタイランさんの分も凍らせて、お礼に小さなキャンディをもらう。魔王城では見慣れないストライプの包み紙のキャンディだ。
人間界に行った時に買ってきたのだろうか。 私の視線に気づいたタイランさんはフッと笑う。
「ダイリには今晩の勉強会が終わったらやる」
「ダイリちゃん、お勉強してるの?」
「うん。私、魔法はまだ得意じゃないから、分からないところをタイランさんに教えてもらってるんだ」
「大変?」
「大変だけど、楽しいこともいっぱいあるよ」
「そっか!」
えへへと笑うメティちゃんの頭を撫で、タイランさんは紅茶を啜る。
ゆっくりと流れる幸せ時間は、もう手に入らないと思っていた。
熱くなる目を押さえれば、メティちゃんがトトトとやってくる。
「いい子いい子」
そう繰り返しながら私の頭を撫でてくれた。彼女は私に何があったのか、ダイリの由来すら知らない。
けれど何かを直感的に悟ったらしい。優しい子だ。
頭を抱き寄せて「ありがとう」と告げればへにゃっと力の抜けたような笑みを浮かべた。
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