24.魔王城の人達との交流
その日から分からないことがあるとタイランさんに聞きに行くようになった。
魔導書とノートとペンを持って、彼の部屋のドアを叩くのだ。
中に招いてくれたり、食堂の隣に移動したり。忙しい時は後にしてくれと言われることもあったが、毎回丁寧に教えてくれる。
たまにおやつのリクエストを受けながら、一つ一つ疑問をクリアしていく。自分でも毎日少しずつ成長しているという実感がある。
たった数ヶ月だが、ちょっとした生活魔法を覚えた。
シエルさんに頼んで掃除や洗濯を見せてもらって、実践も積んだ。氷の魔法も小さな氷なら出せるようになった。
出来ることが増えていく一方で、他の人達との差を目の当たりにしていく。
それでも彼らが私を尊重してくれることが分かるから、劣等感が刺激されることはない。伸び伸びと魔法を覚えることが出来る。なんと素晴らしい環境だろう。
もちろんおやつ作りの方もおろそかにしない。
今の私はカラカラのスポンジのように大量の知識を吸い込んでいる状態なのだ。吸い込む度にもっともっとと欲が出てくる。
それに人との交流も。
「ダイリは誰かと交流したり、新しい物に触れると成長するタイプだな。魔王城内を出歩いたり、会った人に話しかけてみると新たな発見が得られるはずだ」
勉強を始めてから少し経った頃にタイランさんから言われた言葉に背中を押される形で、今まで交流のなかった人達に声をかけてみた。
かなり勇気が必要なのも一歩を踏み出す時だけだった。
相手も人間の客ということで遠慮していたが、興味はあったらしい。思った以上に話が弾んだ。
私個人というよりも人間への興味といった方が正しいかもしれない。
彼らとの交流は異文化交流に近い。洗濯や掃除など、ちょっとしたことでも違いがある。
例えば魔界では洗濯や掃除に魔法が使われている。だが人間界では魔法が使える人がごくごくわずかなので、基本的に人力である。
その話だけで何人もの魔人が詳しく聞きたいと集まるのである。
わざわざ人間界に行ってモップや箒を購入してきて、一緒に掃除しよう! と言い出した魔人もいたほど。廊下の掃除をしていればさらに人が集まった。
彼らは「手でやるのは面倒だけど、新鮮で楽しい!」とご機嫌で自室に掃除セットを持ち帰っていた。
村にいた頃は絶対分かり合えないと思っていたのに、話してみればこんなにもあっさりと打ち解けられる。考え方の違いはあるけれど、それは人間同士だって同じこと。
知ろうとすれば種族が違っても仲良くなれる。
自分から行動しようという気持ちが大切だと、この数カ月で学んだ。
だがこの数カ月で得たものはそれだけではない。
私の中でタイランさんの存在が徐々に大きくなっていた。家族に手紙を出したのも、他の魔人と関わるきっかけをくれたのもタイランさん。
魔王城で頑張ろう! と思えたのも彼に名前を呼ばせたかったから。今では交流や勉強、おやつ作りがメインとなってきているが、そこに変わらず彼がいる。
魔王城にいる人間は私達だけだから、そう言い切るには距離が近くなっている気がする。
良い傾向なのか、はたまた悪い方向に進もうとしているのかは自分でもよく分からない。
けれど勉強で躓いたら頼るのもタイランさんで、おやつのリクエストを尋ねる頻度は自然と上がっている。
今だって明日の夜に作ってもらった質問時間に備えて、分からないところをノートにまとめているくらいだ。
「このまま進めば、二年以内にダイリじゃなくなるのかな」
ポツリと呟いてから、それはそれで寂しいなと思うほどには彼から付けられた名前にも慣れてきていた。
暗くなりそうな気持ちを吹き飛ばし、ノートに意識を引き戻す。
「それにしても今回も聞くこと多いな……。結構分かるようにはなってきているけど、応用入られるとキツイんだよな~」
ボソボソと呟きながら、まとめていく。
するとドアが軽く叩かれる音が耳に届いた。
立ち上がるとまた同じ音が響く。そして「ダイリちゃ〜ん」と可愛らしい声が続いた。
「メティちゃん、今行くから待っててね」
「はぁい」
メティちゃんこと、メティトゥールちゃんは三歳くらいの女の子である。
あくまで見た目の話であって実際はいくつかは分からない。会話もしっかりしてるし、お祖父さんのお手伝いもしている。彼女とは花を植える約束をしていたのだ。
準備ができたと呼びに来てくれたのだろう。急いで机の端に置いたバッグを掴んでドアへと向かう。
「待たせちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫。行こう」
メティちゃんから伸ばされた手を繋いで、裏庭を目指す。
私が裏庭へ行くのはこれで二回目。以前もこうしてメティちゃんが案内してくれた。
彼女と出会ったのは水場で洗濯をしている時のことだった。シエルさんから魔法の細かい調整を教わっているところにひょっこりと現れたのだ。
近くで庭師のグウェイルさんと一緒に道具を洗っていたらしい。初めて見る人間に興味津々で話しかけてきた。
そこから仲良くなり、お祖父さんのグウェイルさんと一緒にお世話している花壇を見せてくれた。雑巾片手に窓掃除を一緒にした仲でもある。
「今日はダイリちゃんが手伝ってくれるから、おじいちゃんは朝からずっと楽しみにしてたんだよ」
「戦力になれるように頑張るね!」
メティちゃんもまた私をダイリと呼ぶ。周りの大人達がそう呼ぶからなのだろう。
ちゃん付けされると、とても可愛い名前に思えてくるのだから不思議なものだ。
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