23.タイランさんの魔法講座
「それからこっちはダイリに」
渡されたのはノートとペンだった。勉強用に買ってきてくれたのだろうか。
代金を払おうと部屋に戻ると、彼は受け取りを拒否した。
「いらん。それより分からないところまとめておいたんだろうな? 説明するからノート開け」
「は、はい!」
急かされるように魔道書を開き、躓いているところを彼に見せる。そこからタイランさんの講義が始まった。
この日だけ。
そう思い、分からないところや引っかかっているところ、少し気になるところをこれでもかとまとめておいた。
それら一つ一つにアドバイスやヒントをくれる。
答えではない。私が先に辿り着くための道を開いてくれるのだ。
彼の教え方は上手く、まるでこんがらがっていた紐が解けていくかのよう。
魔法を教えてもらったのは、教会に入ったばかりの頃にオリヴィエ様から教えてもらった時以来。
あの時は本を読んで理論を学ぶというよりも感覚をひたすら身体に叩き込んでいく形だった。
というのも付与魔法は魔法の中でも比較的簡単なものらしく、感覚を掴んだ方が早いのだとか。
他の聖女見習い達はすぐに使えるようになっていた。だが私は少し時間がかかった。魔力が多いために出力調整のコツを掴む必要があったのだ。
初めにガッツリと教えてもらったおかげで覚えてからはサクサクと付与できるようになった。
魔法も勉強と同じで、コツを掴めば成長が一気に早くなるものなのだ。
楽をしようと答えだけ見ても結局身にならずに、また同じところで躓く。
タイランさんは今を凌ぐだけではなく、先を見てくれているのだ。
もらったばかりのノートをインクで染めながら、教えてもらったアドバイスと一緒に間違ったところや勘違いしていたところも書き記していく。
なぜ間違えたのか、なぜ解けたのかを書き残していくことは重要だ。同じミスをした時に気付くことが出来る。目印を残しておけば自分が何回そこで躓いたのか把握も出来る。
勉強において大事なのは、間違えないことよりも間違えた時にいかに早く対処することが出来るかである。一発でクリア出来るに越したことはないが、ミスだって何度も繰り返すことで力になる。
これは私の高校時代の数学の先生の言葉だ。
転生してからも役立つとは思わなかったが、この言葉のおかげで私は勉強でのミスを恐れることが減った。
いつだって一発勝負の人生での選択ミスは嫌だけど、勉強なら何度だってやり直せる。だから今はひたすら学んで力を伸ばすのみである。
「意外だな」
「何がですか?」
「ここまで真剣に取り組むとは思ってなかった」
「だって折角の機会ですし、今のうちに気になるところは聞いておかないと!」
「……別に明日も明後日も気になったら聞きに来ればいい」
「え、でも手紙を書く条件として提示しただけじゃ……」
「別に魔法を教えるくらい負担でもない」
声はどこかツンツンしている。
彼が不機嫌になるようなことでも言ってしまったのだろうか。だがこれからも教えてもらえるのはとても助かる。
素直にお礼を告げれば、ふんっとそっぽを向いてしまった。ただ恥ずかしいだけなのかもしれない。
「ところでジャムはもうないのか?」
「え、この前追加分を渡したのにもう食べ終わったんですか?」
「あんな小さい瓶すぐ終わる」
確かに大きな瓶ではないが、前世のスーパーでよく見かけるサイズだ。特別小さいという訳ではないそれをすでに三つ渡している。
買ってきてもらった桃でジャムを作ろうとは思っていたが、次を欲するにはあまりにも早すぎる。
あれは美味いからな、と思い出して頬を緩ませるタイランさんは何かがおかしい。
そういえばタイランさんってアイスクリーム出した時にかなりの量のジャムをかけていたっけ?
シャーベットやアイスクリームも出せば出した分だけ平らげていた。
「タイランさん、ジャムのスプーンをそのまま口に運んでいませんよね? パンに付ける時も伸ばさずに山盛りにして食べていたりとか」
「ジャムを口に入れてからパンを食べた方が効率がいいだろう?」
当然のように答えるタイランさんに頭が痛くなる。
直接パクパクと食べていればすぐになくなるのも納得である。パンも一緒に食べているだけマシではある。
求められるままにジャムを渡してしまった私にも責任はある。
だがこのまま進めば、タイランさんは今までとは別の意味で健康から逸れてしまいそうだ。
「ジャムって果糖と砂糖の組み合わせですからね! おやつも食べているんだから糖分の取り過ぎです。効率を重視するならキッチンで塗ってから持っていくので言ってください」
「そうしたらダイリは薄く塗るだろ……」
「普通の量を塗りますよ」
「半分より少ない量に決まってる」
半分より少ないって、今はどのくらいの量を塗っているのだろう。パンの上にどっさりと載ったジャムを想像しただけでゾッとする。
「とにかくこれからは毎日決まった量をお皿に乗せて出しますから。パンに塗った方が良ければ言ってくださいね」
「ばあさんみたいなこと言いやがって……」
そうぼやくが、彼がオリヴィエ様を大切に思っていることを知っているので全く気にならない。
むしろその例えが彼の口から出た時点で、私はそこそこ心を許してもらっているのだろう。
「いいですね?」
念押しすれば渋々ながらに頷いてくれた。
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