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22.おやつの聖女より

 そんな気持ちを察したのだろう。タイランさんは困ったように頭を掻く。


「ばあさんの代理である以上、場所は打ち明けてもらっては困るし、封筒にも名前は書かないで欲しい。それでも無事であることだけはちゃんと伝えろ。勉強に集中したい気持ちは分かるが、勉強なら俺がたまに見てやる。だから手紙を書く時間もちゃんと取れ」


 その言葉には妙な実感がこもっている。

 まるで彼が手紙を待つ側であるかのようだ。


 ぱちくりと瞬きをしていると、彼はブツブツと文句を吐き出した。


「ばあさんもばあさんだ。俺の時はその日食べたもののリストでも何でもいいから、頻繁に送れって言ってきたくせに自分の時は一回しか送ってきやしねえ。自分の年考えろ! 体調崩しているんじゃないかって心配になるだろ」


 文句と言っても私にではなく、ここにはいない大切な人に向けて。

 タイランさんにとって、オリヴィエ様は師匠さんと同じくらい大切な人なのだろう。


 待つ側の気持ちをストレートに聞いてしまえば、私の中で眠っていた『待っていた記憶』が蘇る。


 あの時は新聞があった。それでも心配で心配で。

 ああ、そうか。今の私は家族に同じ思いをさせているのかとようやく気付いた。


「明日、人間界に行く時に出してくるから。ちゃんと書けよ」

「……ありがとうございます」

「ああ。勉強も帰ってきたら見てやるから分からないところまとめておけ」


 一人になった部屋で腹を括って、便せんを広げる。

 魔界に居るなんて言えない。オリヴィエ様の名前だって出せない。ジュードのことも言いたくない。書けないことだらけだが、書けることもある。


 魔王城での生活はとても私に合っていて、周りの人にも良くしてもらっている。

 魔界や魔族に関する言葉さえ隠してしまえば、家族を安心させることは可能だろう。


 後は自分の文章力に賭けるしかない。深呼吸をしてからペンを持った。



『しばらく手紙を止めてしまってごめんなさい。少し前、聖女見習い達は暇を出されることが決まりました。私もその中の一人だったのですが、王都でお世話になった人から声をかけて頂いて、今はその人の手伝いをしています。慣れない環境に戸惑いもありましたが、優しい人ばかりで、今では楽しく元気に過ごしています。今までのように、決まったタイミングで手紙を出すことや仕送りをすることは難しくなりますが、元気にやっています。どうか心配しないでください。みんなも身体には気をつけて』



 考えて考えて。出来上がったのはこれだけ。

 村を出てから書いた手紙で一番短い。でも今の私が話せるのはこれだけ。


 禁じられている封筒の外側だけではなく、便せんにさえも自分の名前を書くことを止めた。

 メイリーンの名前を出せば、また暗い気持ちに引きずられてしまいそうだから。


 封にはオリヴィエ様からの手紙を真似して『おやつの聖女』と記すことにした。


 書き直したい衝動に駆られる前にさっさと封をして、タイランさんに渡すことにした。


 先ほどもらったばかりの袋からお金を取り出し、郵送料を渡した。

 魔王城で初めてもらったお給料の使い道としてはこれほどピッタリなものはない。初めは断られたが、私が引かないと分かると、タイランさんは嫌々ながらに受け取ってくれた。



 翌朝、私が起きた頃にはタイランさんの姿はなかった。

 ミギさんとヒダリさん曰く、日が昇るよりも前に出て行ったそうだ。なんでも今回の目的である植物採取には時間がかなり重要になってくるらしい。


 彼から預かったというメモには「おやつは帰ってきてから食うから残しておいてくれ」と書かれていた。それから土産を楽しみにしているように、とも。


 出張に行くお父さんみたいだなと思ったのは内緒である。


 その日は一日、魔王様と一緒にお土産予想をして過ごした。夕刻に帰宅したタイランさんはそのメモの通り、土産を買ってきてくれた。


「帰ったぞ。こっちが手紙の引き受け証で、こっちは美味そうだから買ってきた。冷やしておやつにでも食おう」


 籠いっぱいの桃である。

 まだ少し固いので、食べ頃は明後日くらいか。調理して食べるのもいい。


「わぁ立派な桃! シャーベットにジャムにケーキ、ゼリー。桃のフローズンドリンクなんかも美味しいですよね!」


 思い浮かぶものをつらつらと挙げると、タイランさんの表情は次第に暗くなっていく。そこまで生にこだわりがあったのだろうか。


「あ、もちろん生で食べても美味しいですよね」

 急いでフォローを入れる。だがそうではなかったらしい。


「もっと買ってくれば良かった。来月も売ってるといいんだが……」

 頭を抱えながら考えることがおやつのこととは……。

 少し前まで食事よりも仕事優先だったのに、嬉しい変化である。


「違う果物でも美味しいものが出来ますから」

「美味そうなものを並べておいて言うセリフじゃないだろ。俺の腹はすでに桃のおやつを求めている! これは他の果物で補えるようなものじゃない」


 タイランさんの力強い反論に、笑いが我慢出来なくなった。

 お腹を抱えて笑うとタイランさんの機嫌が悪くなる。それでも笑いを止めることは出来ない。


 笑い声は廊下に響き渡り、ミギさんとヒダリさんは一体何事かとキッチンから出てくる。

 二人にも事情を伝えれば、くるくると回り出した。喜んでくれているようだ。


 それでますますタイランさんの機嫌が悪くなる。

 だが二人は喜ぶだけでは終わらなかった。


「なら私達が明日、追加で買ってきましょうか」

「いいのか!?」

「はい。場所を教えてください」

「後で地図を書いて持っていく!」

「明日は買い出しですね」


 キッチンへと戻っていく彼らを見送るタイランさんは「これで全部食える」と幸せそうに呟いている。


 いつかの魔王様のようだ。彼のおやつ好きが移ったらしい。


 しばらくは桃のおやつ続きになりそうだ。もちろん魔王様にも聞いて、必要なら調整する必要はあるが。


 追加で買ってきてくれるなら、桃のジャムを作るのもいいかもしれない。


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