20.図書館の魔人
「こちらが図書館になります。禁書庫の立ち入りは禁じられておりますので、そちらだけお気を付けください」
「ありがとうございます」
「それでは失礼いたします」
去って行く背中を見送ってからドアを開く。見た目よりずっと軽い。
魔法がかかっているようだ。だがドアの内側には、重さなんかよりもずっと驚く光景が広がっていた。
一面全てが本本本。
上の階にも繋がっているらしく、見上げても一番上が見つけられないほど。高層ビルを地上から見上げている気分になる。
階段もあるが、ほとんどの利用者は大きな羽根を広げてパタパタと飛んでいる。確かに歩きながら目的の本を見つけるのは一苦労だろう。
魔王城は一体何階建てなのか。
ぽかんと惚けていると、声をかけられる。女の人の声だ。
「こんにちは。あなたがおやつの聖女さん?」
「おやつの聖女?」
「大聖女の代わりに来ておやつを作っている聖女。あなたのことではないの?」
「そうです」
私にはダイリ以外にも呼び名があったらしい。
一体誰が付けたのだろうか。わざわざ本人だと思われる相手に確認するくらいだから悪い意味ではない、と思いたい。可愛い名前だし。
だが普段関わっている人達以外からどう思われているか、自信がない。
なにせ人間である。それもほとんど他人との交流がない。
タイランさんも似たようなものだが、彼の場合は実力がある。そう考えると一気に自信が喪失していく。
元々あったわけではないが、マイナス方向へとずんずんと進んでいく。けれど目の前の魔人さんがそれを気にする様子はない。
胸の前で本を抱えたまま、ぱあっと花が開くように笑った。
「やっぱり。私はオルペミーシア。あなたのことは魔王様から話は聞いているわ。おやつの本と魔道書が読みたいのよね?」
「あなたが本に詳しい魔人さん、ですか?」
「ええ。魔王城の図書館の管理は私がしているのよ。ここにある本は全て記憶しているし、人間界に行って本を買ってきたのも私なんだから!」
それからつらつらと流れるように自分のことを話してくれた。
修繕は他の魔人に頼んでいるらしいが、司書さんのような存在なのだろう。おやつの本を買ってきたのも彼女だそう。
といってもレシピを見ながら作ることはせず、イラストを眺めているだけのようだ。人間界に行った際もよくパティスリーのショーウィンドウを眺めているのだとか。
食べたことはないのだけれど、と悲しそうな笑みで付け足した。何か事情でもあるのか。
食べられない、とか? それ以外の理由なら作ったおやつを持ってきてあげたい。
そう考えていると至近距離まで顔がずいっと寄せられた。
「ところであなた本は好き? 好きよね? 好きじゃなかったら図書館に来ないものね?」
「はぁ……」
「本は良いわよね。特に人間の書いた小説はいい。短い生で紡いだ物語はとてもキラキラしているもの。私が見逃した小さなものも拾って、磨いてくれるの。それを読み返してく度、新たな発見が出来る。これって素晴らしいことだと思うの。あなたもそう思うわよね?」
勢いに押されながらコクコクと頷く。圧は強いが、本好きなのは十分伝わってくる。
魔王様にミギさんとヒダリさんといい、魔人は好きなものにはとにかく真っ直ぐ突っ走っていくタイプが多いのかもしれない。
私のリアクションに満足したオルペミーシアさんはにっこりと笑ってから元の位置へと戻る。
「分かったわ、あなたのこと」
「え?」
「今から本を持ってきてあげるからそこで待っていて」
それだけ告げると彼女はふわっと飛んでいってしまった。魔道書はどんなものを選べば良いか分からなかったのでありがたい。無数に並ぶ本棚を飛び回り、本を抱えていく。
まるで図書館の妖精だ。幻想的な光景に思わず見惚れてしまう。
ぼうっと立っていると、図書館に新たな来訪者が来たようだ。邪魔にならないようにスッと避ける。
すると相手はこちらを一瞥して「人間? ああ、おやつの聖女か」とぼそりと呟いてさっさと中へと進んでいった。
私が思っているよりその名前は浸透しているらしい。
周りの本棚を眺めていると、何冊もの本を抱えた彼女が戻ってきた。
「お待たせ。はい、これ。おやつの本は私のオススメで、魔道書はあなたのレベルに合ったものを選んだつもり。でも合わなかったり、希望と違ったら遠慮なく言って」
「ありがとうございます」
渡された本はかなりの冊数になる。おやつの本と魔道書が半々くらい。
自力でこの量を選ぶとなるとかなり骨が折れただろう。
それにしても私、生活魔法について学びたいなんてひと言も言っていないのになんで分かったんだろう?
疑問を抱きつつもお礼を告げれば、彼女はニイッと笑った。裏のありそうな表情に思わず身構える。
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