19.付与魔法以外にも
「完成です!」
「綺麗ですね」
「透き通っています」
「見た目が良いだけではなく、味もいいですよ。ちょっと味見してみますか?」
「いいんですか!?」
「味見は調理者の特権ですよ」
避けた分は味見分である。
スプーンで掬って、それぞれに一本ずつどうぞと差し出す。
二人はゴクリと喉を鳴らし、スプーンを口に運んだ。
そしてゆらゆらと揺れ始めた。アプリコットジャム作りは成功だったらしい。
「冷ましている間にこれに合わせるアイスクリームを作っちゃおうと思うのですが、手伝ってくれますか?」
「いっぱい作りましょう!」
そう告げて、テキパキと準備を始めた。
私の前には小さなボールが三つと、材料と計量セットが置かれている。二人が氷を作ってくれている間にせっせと材料を混ぜ合わせていく。
木べらは三つとも付与魔法をかけてからボールとセットで渡す。
後は三人揃ってひたすら練るだけ。
負荷が少ないとはいえ、地味な作業だ。
一緒にやってくれる人がいるだけで気が楽になる。
「私も付与魔法だけじゃなくて、氷の魔法とか使えたらいいんですけどね~」
「ダイリさんならすぐに使えるようになると思いますよ」
「料理を教えてもらっているお返しとして私達が魔法を教えてあげられればいいのですが、あいにくと調理に特化したものばかりで……」
「お役に立てず、申し訳ないです」
ぺこりと頭を下げる二人にこちらが焦る。ただ自分の無力さをぼやいただけなのだ。
急いでブンブンと手を横に振る。
「いえいえ。お二人にはいつも美味しいご飯を作って頂いていますから!」
「図書館には魔道書が沢山置いてあるそうなので、行ってみるのもいいかもしれません」
「私達はあまり詳しくはないのですが、あそこには本に詳しい魔人がいます。困ったら彼女に声をかけてみるといいですよ」
「ありがとうございます。後で行ってみますね」
「是非」
本に詳しい魔人、か。一体どんな人なんだろう。
思えば魔王城に来てから半月以上経つが、まだ決まった場所の移動だけ。交流しているのだって初日に会った人達のみ。
廊下を歩いているとすれ違うことはあるが、軽く会釈を交わすだけだった。
魔王様から通信機をもらう際、迷子になった時に使うように言われている。
明らかにおやつ目的で、その言葉は建前に使われていたとしても魔王城の散策をすることは彼にとって想定内ということだろう。
良い機会だ。アイスクリームを出すついでに魔王様に尋ねてみることにしよう。
許可がもらえたら図書館以外の場所も覗いてみたい。そんな私の希望はあっさりと許可された。
「図書館の魔人? 気になるなら直接行ってみるといいぞ。あやつなら基本的に図書館にいる。それに図書館には魔道書の他にもおやつの本がたくさんあるからな! 今後の参考にするといい」
今回もおやつが付いてくるが、おやつの本があるというのは嬉しい情報だ。
お菓子作りが趣味だったとはいえ、細かい分量を覚えていなかったり、こちらの世界にはない材料もあるだろう。
逆に私が知らないだけで、こちらの世界には新たな食材があるかもしれない。
同じ食材でも文化が違えば、食文化も変わる。本は知識の集合体だ。魔法の勉強以外にも学ぶことは沢山ある。そう考えると俄然やる気が出てきた。
「魔道書選びなら俺でも出来るから、困ったら声をかけてくれ」
「タイランさんが? 行ったら邪魔とか言いません?」
最近やっとおやつ休憩に出てくるようになった人がどんな心境の変化だろうか。
疑わしい視線を向ければ、タイランさんの眉間にぎゅっと皺が寄る。
「アイスクリームの礼だ! 俺だってそれくらいする。……だがそうだな。気になるならジャムをくれ。もっとあるんだろう? パンに付けて食う」
「それなら後で部屋に持っていきますね」
「ああ」
なるほど。アイスクリームだけではなく、ジャムも気に入ったのか。
対価に要求するなんてよほどだ。自ら食事について考えるようになったのは嬉しい進歩である。
タイランさんの場合、気に入ったものをずっと食べ続けそうな気もするが、まずは食事を摂らせることが先決だ。
不機嫌な彼を微笑ましく思っていると、魔王様が私の袖を引いた。
「なぁダイリ。我もパンに付けて食べたい」
「じゃあ明日のおやつはパンケーキにしましょうか。ジャムをたっぷり載せて食べましょう」
「うむ!」
タイランさんに瓶ごと持っていく約束をし、お皿を回収する。洗い物を済ませ、瓶を手にキッチンから出る。
するとシエルさんが待機していた。
「図書館に案内するようにと言付かっております」
「ありがとうございます。先にタイランさんの部屋に寄ってもいいですか? これを届けたくて」
「かしこまりました」
シエルさんはゆっくりと礼をしてから歩き出す。
タイランさんにジャムを届け終えた後で、彼女が向かったのは階段。図書館は上の階にあるらしい。
スタスタと歩いて行く彼女についていくと二つ上の階の突き当たりに大きなドアがあった。
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