2.愛した人は汚く笑う
「じゃあそういうことだから。迷惑だから連絡とかしてくるなよ」
けれどジュードはあっさりと私を捨てた。姫様を選んだのだ。信じていた彼ではなく、新聞に書かれた彼こそが真実だった。
確かに聖女の中でも最も優秀な者に与えられる『大聖女』の称号を持つ姫様と比べたら、私なんて大した魔法は使えないし、美人でもない。天秤にかけたら姫様が勝つだろうなんてことは分かっている。
それでも三年も待たせておいてこんな言い方はないだろう。
ジュードが勇者と決まった時、村長の息子が嫁に取ってくれるという話が出ていた。私の家族だけではなく、ジュードのお母さんもそうした方がいいのではないかと言ってくれていた。
私もかなり悩んだ。ジュードのことは愛していた。
だが私が待つことで彼の負担になってしまうのではないかと思ったのだ。それでもジュードが断ってくれと。待っていてくれと言ったのだ。絶対迎えに行くからと言って抱きしめてくれた。
私は三年間、何度も思い出しては、幸せな未来に繋がる思い出として大事に大事に磨いてきた。
それなのに、稼いだ金持って帰れ?
迷惑だから連絡してくるな?
「バカにしないで! 誰が連絡なんてするもんですか! 顔も見たくない」
珍しくオシャレをした私はさぞ滑稽に映ったことだろう。縋ってなんてやるものか。泣きそうになるのをこらえて、キッと睨み付ける。
「それは好都合だな。ああ、それと。その服、似合ってないぞ」
ジュードはハッと鼻で笑って去っていく。勇者になる前の彼はそんな汚い笑い方なんてしなかった。柔らかく笑う優しい人だった。戦いが変えてしまったのだ。
背中が見えなくなるまで睨み付けてから、ワンピースの裾をぎゅっと握りしめる。
このワンピースは彼が魔王との交渉に成功し、戻ってくると知ってから買ったもの。聖女見習いとしてもらった報酬のほとんどは家への仕送りに回し、贅沢なんてしてこなかった。二年間で唯一買った贅沢品だ。王都のウィンドウで輝いている花柄のワンピースはきっと褒めてもらえると思っていた。
ジュードが王都に戻って早々に手紙をもらって、すぐにクローゼットから引っ張り出した。ずらりと並ぶ聖女服とは異色を放ったレモン色。髪だって服に合わせて爽やかな緑のリボンで結って、薄っすらとではあるもののお化粧だってした。
同じ聖女見習いの子達には彼氏と会うのね! なんて冷やかされもしたけど、応援もしてもらってーーなのにこの有様だ。自分が恥ずかしい。用意をして教会を出るまでが私の人生で一番幸せな時間だったのだろう。
「これからどうしよう…….」
魔王討伐から共存へと変わった今、聖女の役割はグッと減ってしまった。王都に集められていた聖女見習いのほとんどは数日後には暇を出される。私もその一人だ。
退職金代わりに最後の月の報酬は多めに出してもらえるけれど、お金だけあっても行く先がない。ジュードは村に帰って結婚しろなんて簡単に言っていたが、三年も村を離れていて結婚相手などいるはずもない。
そもそも私達の村は若者が少ないのだ。村長の息子からの申し入れを断った時点で、花嫁枠なんて空いてない。だからといって実家は兄夫婦が暮らしている。長く居座るわけにもいかない。
他の村にいい人がいないかを探そうにも、お相手にジュードを待っていたことが知られれば都合が悪い。王都で聖女見習いをやっていたことを押し出すにしても、あくまで見習い。使えるのは低級の付与魔法だけ。今まで多めの報酬をもらえていたのは魔王との戦いという前提があったからで、村に戻ったら私はただの村娘に戻ってしまう。
そうなってしまえばお前にはそれだけの価値しかなかったのだとあのジュードに笑われそうだ。先ほどの汚い笑いを思い出して気分が悪くなる。
※最初はシリアスですが、段々ほのぼのスローライフになります
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