16.魔王の名前
「明日は食べられないのか?」
「アプリコットのジャムは一晩寝かせる必要があるんですよ。でも寝かせた分、旨みも凝縮されるのでとても美味しくなりますよ」
美味しいというワードに魔王様だけではなく、タイランさんも反応する。
ゴクリと喉を鳴らし、明日と明後日の両方に思いを馳せている。忙しい人達だ。だが悪い気はしない。
「そっちも食べるからな」
「はいはい」
アイスクリームが残ったら、なんて言ったが、残る気がしない。二人とも凄まじい勢いで平らげる姿が目に浮かぶ。
少し大変だが、頑張って沢山作るとしよう。
そうこう考えているうちに、タイランさんが持ってきた追加分のお皿も綺麗になっていた。いつの間に食べたのだろう。
希望を告げて去って行ったタイランさんに続き、私も食器をまとめてしまう。
キッチンに戻って洗い物をしてから、私の分のシャーベットも作ってもらうことにしよう。
「それでは失礼しますね」
「ちょっと待った」
「どうしました?」
「以前から気になっていたのだが、なぜ我だけ『魔王様』なのだ?」
「へ?」
唐突にどうしたのだろう。魔王様は魔王様だ。それ以外に何があるというのか。
彼の意図が分からずに首を傾げる。すると苛立たしげに腕をブンブンと振り出した。
「タイランもコックも名前呼びではないか! 我だって! 我だって、たまには名前で呼んで欲しい……」
「すみません。私、魔王様のお名前を存じ上げなくて……」
なるほど、魔王様は仲間外れにされている気分なのか。だが名前で呼ぶも何も、私は魔王様の名前を知らない。
前世のゲームでも魔王の名前が出てくるタイプと出てこないタイプがあったので、てっきりそういうものだとスルーしていた。
だがぷうっと大きく頬を膨らませる魔王様の顔を見て、少しだけ反省をする。
「なんだと!? まぁ魔族の王の名前は知らずとも無理はないか。メビウスだ。魔王様と呼ばれるのも悪くはないが、名前の方もたまに呼んでくれ。でないと我だけのけ者みたいで寂しい……」
役職名で呼ばれているという点では私も同じなのだが、魔王様からすれば愛称のような認識なのかもしれない。寂しいという気持ちも分かる。
よしよしと頭を撫でながら「メビウス様」と呼べば、魔王様の機嫌は一気に浮上していく。
メビウスといえば真っ先に浮かぶのはメビウスの輪。それは表裏がなく、無限の可能性を意味している。
無邪気で愛らしく、人間と和平を結んだ魔王様にピッタリの名前である。
「ということで明日はアイスクリームを作ることになりました」
キッチンに戻り、明日のおやつについての報告をする。シャーベットを食べながらアイスクリームの話をするなんてとても贅沢な気分だ。
「アイスクリーム、というと以前話してくれた氷菓ですか?」
「はい。氷が沢山必要になるのですが、お二人にお願いしたく……」
「お安いご用です」
「他の材料は何が? 足りなければ今から買い足してきます」
「塩、卵、砂糖、牛乳、生クリーム、バニラエッセンスを使う予定です」
アイスクリーム作りは初めてだが、本で読んだことがある。レシピ本ではなく、児童書だったけれど。
あの手の本は真似して作る読者も多いと聞くので大丈夫だろう。
分量も大体は覚えている。
今回使用するのは卵黄だけだが、残った卵白の使用方法もちゃんと考えている。
「それなら食料庫に全てありますね」
「でも甘い物なのに塩を入れるとは意外です」
「塩は氷の温度を下げるために使うんですよ」
氷三、塩一くらいの割合で混ぜると、マイナスまで温度を下げることが出来る。凝固点降下というやつだ。
この現象を利用して、小学校の理科の時間でアイスキャンディーを作った。
あの時は綺麗な試験管に入れて固まるのを待ったが、今回は小さなボールを使用して、せっせとかき混ぜていく。
少し大変そうだが、強化の付与魔法をかければ負担も減らせる。上手くいく……はずだ。
「なるほど」
「人間の知恵というものですね」
大きく頷くミギさんとヒダリさんの様子に、先ほどの二人の顔が頭に浮かんだ。
失敗したらきっと相当悲しませることになるだろう。想像するとほんとちょっとだけ胸が痛んだ。
「あの、夕食後に練習してもいいですか? 作ったことがないのでいきなりというのは少し不安で……」
「試作品ですね」
「お試しは私達が食べても?」
「もちろん。感想を教えてください」
「喜んで」
約束通り、夕食後に三人でアイスクリーム作りを開始する。
試作が必要といっても作り方自体は難しくない。児童書を読んだ子どもが作れるくらいだ。
まずは大きなボールに、二人に作ってもらった氷と用意した塩を入れて混ぜる。
今度は小さなボールを二つ用意し、卵黄と卵白を分ける。卵白の方はアイスクリーム作りには使わないので、冷蔵庫に保管してもらうことに。卵黄のボールに砂糖入れ、白っぽくなるまで泡立て器で混ぜる。そこに少しずつ牛乳を加える。
先ほど作った大きなボールの上に小さなボールを重ね、クリームとバニラエッセンスを加えて泡立て器で混ぜる。底の方までゆっくりかつしっかり混ぜて、重くなったら木べらに持ち替えて混ぜる。
固まりを剥がす・練るを意識するといいらしい。
これをひたすらちょうどいい堅さになるまで繰り返す。
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