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13.タイランは蒸しパン好きらしい

「そういえばダイリに渡すものがもう一つあったのだった。先ほどオリヴィエから手紙が届いたぞ」


 魔王様が取り出したのは一通の手紙だった。渡された真っ白な封筒には『親愛なる我が聖女へ』と印字されている。


 名前を書かなかったのは、代理を送っていることに気付かれないように、か。

 宛て名をペンで書くのではなく、スタンプを選んだのも同様の理由だと思われる。


 それでも親愛なる聖女だなんてなんだかくすぐったい。オリヴィエ様から認めてもらえたような気分だ。



 部屋に戻ってから封を開く。

 私の体調を気遣う文面から始まり、すぐに謝罪が並び始めた。


 後で送ってくれる予定だった荷物を回収できなかったそうだ。

 なんでも聖女見習い達が暇を出されるタイミングで盗難事件が続いたらしい。ほとんどが外部犯による犯行だったそうだ。


 私が裏路地の店で服を買っていた頃、多くの聖女見習い達はメイン通りの高級店を訪れていた。お土産物を買い集めているところに目を付けたのだろう。


 そうでなくとも聖女見習いの報酬が高いことは普段の生活から知られていただろうし、かなりの額の報酬を貯めている子もいたはずだ。このお金で大陸を飛び回るのだと夢を語っていた子もいた。


 聖女見習いが暮らす寮の警備は薄く、若い女性ばかりが集まっているので盗人の目には宝庫に映ったのかもしれない。

 だが内部犯がいたことには少しだけ驚いた。聖女見習い達の間でも衝撃が走ったらしい。


 そんなことが連日続いた結果、他者の部屋への立ち入りが厳しくなったそうだ。当然といえば当然か。


 部屋の主が寮を去った後で忘れ物が見つかった場合、聖女見習いになる時に記入した住所に送ってくれることになったようだ。退寮手続きをした聖女が取りに戻っても部屋に立ち入ることは出来ず、同じ流れで荷物を受け取ることになるらしい。

 私もそれに当てはまる。オリヴィエ様も例外にはなれなかったようだ。


 申し訳ない。不便があれば遠慮なく魔法使いに告げて欲しいと書かれていた。

 だが荷物が届かないことへの不便さは、今のところ感じていない。服だってありがたいことに魔王様が用意してくれたものが大量にある。食事だって美味しい物を好きなだけ食べさせてもらっている。


 問題は、本人はもう村に帰るつもりがないというのに、荷物だけは村に運ばれることである。

 なんとも不思議な気分だ。まるで遺品だななんて不謹慎な言葉が頭を過る。


 だが私は実際亡くなった訳ではない。

 お給料もらったタイミングあたりで、家族に手紙を送らないと……。気は進まないし、書く内容は浮かばない。


 けれど聖女見習い達に暇を出されたことも、ジュードが姫様を選んだことも、いつか家族は知ることとなる。

 その時、私の安否が分からなかったら心配をかけてしまう。


「はぁ……気が重い」

 家族への連絡を面倒くさいと思う私は親不孝者なのだろうか。


 気持ちが沈みそうになった時、もらったばかりの通信機からピーピーと高い音が響いた。

 袋から取り出せば、魔王様の顔が浮き出てくる。


「先ほど聞き忘れたのだが、明日の蒸しパンは何が入っているのだ?」

 魔王様からのおやつ通話に、今までの暗い気持ちが吹き飛んでしまう。

 腹ぺこ魔王様の声を聞いていると余計なことを考えずに済む。子どものような無邪気さと純粋さをダイレクトに感じるからだろう。魔族の王様だなんてことを忘れそうになる。


「たまご蒸しパンにしようかと思っています」

「ホットサンドに入っているようなたまごが入っているのか?」

「いえ、たまごの風味の強い蒸しパンになっています」

「美味いか?」

「とっても」

「タイランはきっと喜んでいっぱい食べるな。もちろん我もだが!」

「ちょっと多めに作りましょうか」

「楽しみにしているぞ!」


 通話が切れるとふんわりと甘い香りが鼻をくすぐったような気がした。


 魔王様のおかげでベッドに寝転んでも考えるのはおやつのことばかり。それからタイランさんのことも。

 いくつ持って行こうかと考えているうちに眠りについていた。



 翌日。タイランさんの元に蒸しパンを多めに持っていくと、無言で蒸しパンを回収し、お皿を突き返してきた。そのうち一つはすでにタイランさんの口の中。

 じいっと見つめると、早く受け取れというようにフガフガと声をあげた。


 魔王様の予想が見事的中したのである。たまごが好きなのだろうか。


 翌日以降も「また蒸しパンかよ」と文句を言うわりには完食続き。

 先に飽きたのは魔王様だった。


「蒸しパンも美味しいが、そろそろ違うものが食べたい」

「では明日は違うものを用意しますね」


 魔王様の要望に応えるべく、次の日はクッキーを数種類作った。綺麗に模様を作れた渦巻きクッキーは特に好評だった。


 タイランさんも脱 蒸しパンを喜ぶと思っていた。

 だが彼はクッキーを見るや否や唇を尖らせた。


「蒸しパンじゃねえのかよ……」

 すでに十日近く蒸しパンが続いていたというのに、まだ蒸しパンを求めるとは……。

 タイランさんは私が思っている以上の蒸しパン好きなのかもしれない。


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