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12.タイランの変化と通信機

 その日を境に、タイランさんの部屋に蒸しパンを持っていくと渋々ながらに受け取るようになった。


 トマトを毎回出されるよりはマシだ、という理由でホットサンドも受け取っている。

 だが運び込まれてすぐに食べているという情報はメイドからゲット済みである。素直ではないだけなのだ。


 この流れでポーション以外を摂取する習慣を付けさせたいものだ。

 今のところ、勝率が高いのはホットサンドで、希望が多いのは肉まん。だが少しずつ違う料理も混ぜ始めてきているし、食べる量も増え始めている。


「あ、そうだ。今日の夕食はショートパスタのスープにしてもらいましたので。すぐ伸びないし、食べやすいから文句ないですよね?」

「はぁ!? 肉まんは?」

「肉まんは明日です。たまには違うものを食べてください。それにスープパスタだって美味しいですよ? 入れて欲しい具材のリクエストがあったら今のうちですよ」


 初対面で散々な態度だったタイランさんだが、私がズカズカ踏み込んでも様子が変わることはなかった。


 冷やしトマトの乱入事件以来、何かを諦めたように見えなくもないが。

 理由はともかく、話しやすくはなった。なので遠慮なくぐいぐいといかせてもらっている。


「ばあさんみたいなこと言いやがって……」

「何か言いました?」

「明日は肉まんだからな」

「はいはい」


 チッと舌打ちはしながらも、受け取った蒸しパンを突っ返す様子はない。


 変な入れ知恵しやがってとぶつくさ文句を言うわりに、朝昼晩のどこかで必ず食器を下げに来るようになった。顔に張り付いていた疲労感も少しだけ減ったように思う。


 本人は『糖分を摂取することで頭の回転が早くなり、作業が効率化されただけ』だの『多少歩くのも思考の切り替えに良いからな』なんて言い訳を並べているが、理由はなんであれ大きな変化である。




「ダイリに良いものをやろう」

 いつものように蒸しパンを持っていくと、魔王様はおもむろにとあるものを取り出した。


 渡されたのは手のひらサイズの板だった。

 カレーパンを思い切り潰したような楕円形である。無色透明なので少し巨大なおはじきにも見える。


「なんですか、これ?」

「通信機だ」

「通信機って超高級アイテムじゃないですか! こんなものもらえませんって!」


 通信機といっても前世の携帯やスマホとは異なる。この世界ではかなり高価なものである。

 人間界では王族や貴族、平民でも一部のお金持ちか重役しか使う機会のない代物である。


 前世で例えるなら自家用ジェットのようなものだ。

 そんなものを魔王様は新参者に寄越したのである。こんな恐ろしいものをどう使えというのか。ズイッと突っ返す。


 だが魔王様はそれを受け取ろうとはしない。


「ダイリのために用意したものだから気にするな。魔王城は広いから迷子になったら困るだろう? それに美味しい物を作ったが我が食べるかどうか悩んでいる時や明日のおやつにこまっている時、それから少し早めにおやつを出せそうな時なんかも手をかざせばすぐに我に相談が出来る。存分に利用するといいぞ!」


 前半はおまけで、後半が本音か。

 つまり魔王様本人のため。どうやら魔王様はホットサンドのことを未だに引きずっているらしい。


 初めてホットサンドを作った日から魔王様はちょくちょく王の間を抜け出すようになった。


 目的地はもちろんキッチンである。『おやつはまだか』だとか『何を作っているのだ?』と尋ねるために足を運ぶようになってしまったのだ。


 待てない・早く食べたいという気持ちは分からなくはない。けれど毎日のようにキッチンに入ってこられるとミギさんとヒダリさんが萎縮してしまう。


 どうすべきかと悩んではいた。だがまさかこんなものを用意するとは思ってもみなかった。


「ちゃんと収納用の袋も用意したのだぞ」

 とても良い笑顔で巾着を渡してくる魔王様の頭は、今後のおやつのことで満たされているに違いない。あまりに幸せそうで、断れる気がしない。


 金額を想像するとおかしくなりそうなので、スマホみたいなものだと割り切ることにしよう。スマホも一応高級品だったし。


 前世の記憶があって良かったと思う瞬間はこの先も何度も起こると思う。

 ただ次があるからといって、この衝撃が薄れることはない。そう、確信している。


 金額のインパクトは簡単に消えるようなものではないのだ。


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」

「うむ!」


 魔界の最大権力者である魔王様が今最も重要視していることに携わっているとはいえ、一年前の私に『もう少ししたら通信機を持たせてもらえるよ』なんて言っても絶対信じてはもらえない。


 魔界にいると伝えた時点で腰を抜かすかもしれない。

 まぁあの頃の私はジュードに捨てられることも、前世の記憶を思い出すことも、小指の爪ほども想像していなかったわけだが……。


 人生何があるか分からないものである。


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