11.冷やしトマトの美味さを前にすれば抗うことなんて出来ない
翌朝。私よりも早くキッチンに来ていた魔王様に急かされるようにホットサンドを作った。
満腹になった魔王様はタイランさんの分のホットサンドが載ったお皿を持って去って行った。
去り際に「トマトも楽しみにしているからな!」と念を押すのも忘れずに。
ついでだからタイランさんの分の冷やしトマトも用意しておくか。
時間は昨日と同じくおやつ時にしよう。
朝食は昨日食べ逃してしまったホットサンドを三人で食べ、昼食はミギさんとヒダリさんに作ってもらったボロネーゼパスタを三人で食べた。
お皿を洗った後は早速冷やしトマトの準備に入る。
準備といってもトマトを冷やすだけである。
桶を用意し、水を張る。そこに二人に出してもらった氷と一緒に、食料庫で見つけた大きめのトマトを浮かべたら後は待つだけ。
蒸しパンも三回目なので、二人とも慣れた様子でテキパキと作っていく。
今日はミギさんとヒダリさんの作ったものも一つずつ載せることにした。
キッチンワゴンをカラカラと転がしていると、途中で魔王様と遭遇する。
「ダイリ!」
「あれ、魔王様どうしたんですか?」
「遅いからキッチンに行こうと思ってな」
「そうですか。ちょうど今から王の間に行くところだったんです。一緒に戻りましょう」
「うむ!」
廊下を歩きながら、上機嫌の魔王様はチラチラと冷やしトマトに視線を送っている。
今朝方、ホットサンドにもドライトマトが入っているという話をした。全く見た目が違うものが気になるようだ。加えて、冷たさを保つために桶ごとワゴンに積んである。
そわそわとわくわくが隠しきれないといった様子だ。
「トッマト、トッマト!」
ついにはトマトコールまで始まった。トマトもここまで歓迎されて嬉しかろう。
昨日と同じく玉座の横までワゴンを運んでもらう。
キンキンに冷えたトマトの水気を拭ってから魔王様に渡した。
「ガブッとどうぞ。砂糖を付けて食べても美味しいですよ」
魔王様はコクリと頷いてから大きく口を開いた。
口の端から溢れたトマトの汁をペロリと舐め取って、小皿に用意した砂糖にせっせと付けてからもう一度頬張る。
「昨日のコーンも良かったが、トマトもたまらんな!」
「まだありますからね」
「もらおう!」
魔王様はへへへ~と嬉しそうにトマトを受け取る。
「蒸しパンも食べたいが、なかなかとまらんな」
「でしょう?」
自分の好物を認めてもらえて幸せな気持ちに満たされていく。
桶に浮かべたトマトは凄まじいスピードでなくなっていき、もう少し用意した方が良かったかと後悔し始めた時だった。
王の間のドアが勢いよく開け放たれた。
「蒸しパンの受け取りを拒まれたからってトマトと砂糖持ってくるんじゃねえ。いくら作るものが明確に決まっていないとはいえ、魔王にも同じもの出しているんじゃないだろうな! 平民の子ども相手ならともかく魔族の王だぞ!」
タイランさんである。
言葉だけ聞くと怒り百パーセントといった様子だが、右手の指先は湿っているし、口の端にはトマトの種が残っている。
冷やしトマトを味わってから文句を言いに来たのがバレバレである。
いや、文句は文句でも自分に出されたものではなく、魔王様に出すものに対しての文句を言いに来たのか。だがそれは無用な心配である。
魔王様はタイランさんの突撃にも慌てることはなく、今もトマトを食べ続けている。そして丸々一つをお腹の中に入れてからようやく口を開いた。
「なんだ、タイランも蒸しパンが食べたくなったのか? まぁダイリの作ったものは元気が出るからな。特別に我の分を分けてやる。仕事もはかどることだろう」
魔王様はキッチンワゴンの上から蒸しパンを二つほど取ると、そのままタイランさんへと差し出した。
「魔王はそれでいいのか……」
「足りなかったらまた明日作ってもらうから気にするな」
近くまで来て、ようやく魔王様の口元がトマトで瑞々しくなっていることを悟ったらしい。タイランさんの身体から一気に力が抜けていく。
「……俺が間違っているのか?」
「間違いは誰にでもある。一度断ったとはいえ、ダイリに言えばまた作ってくれるぞ」
頭を掻きながらぼやくタイランさんに、魔王様の見当違いな慰めを送る。さらに脱力した彼は蒸しパンをかじりながらその場を後にする。
ちゃんと食べるんだ……と思ったのは内緒である。
タイランさんは魔王様にはわりと甘いのだ。
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