8.鍵は時間にあり
「なるほど、時間か」
「時間?」
「おそらくタイランさんは時間が経つと何かしらの影響があるものは早めに食べているんだと思います」
できたてあつあつが命の肉まんと溶けてしまうシャーベットはもちろん、スープパスタは時間が経てば汁を吸ってしまうし、ステーキは油が戻る。
食べ物にこだわりがないようでいて、彼は絶好の時間だけは逃さないようにしているのではないかと推測出来る。
この推測が正しいかどうかは検証をする必要がある。
少なくとも前世の伯父のように、数時間放置したカップ麺を平気で啜り、コンビニのおにぎりをミキサーにかけてからエナジードリンクで割るほど末期ではないはずだ。ちなみに前世の伯父の好きな飲み物はエナジードリンクの牛乳割りだった。それでサプリを流し込んでいたのだ。
前世でそんな人を見てきたからこそ、タイランさんのことも放っておくことは出来ない。
とにかく、彼の食事改善は急務である。
顔を歪めてお節介だと言われそうだが、元々私の職務内容はタイランさんのサポートである。
そうと決まれば早速タイランさんの食生活矯正計画の一歩を踏み出すことにしよう。
「ミギさん、ヒダリさん。一つ試してみたいことがあるのですがーー」
思いついたばかりの計画を話せば、二人とも不思議そうに首を傾げた。頭には大量のはてなマークが浮かんでいる。
「持っていくのは構いませんが、彼が食いつくかどうかは……」
「食べなかったら、夜ご飯の材料として使って頂いて構わないので!」
「そうですね、やるだけやってみましょうか」
決行は明日のおやつ時。ほとんど手間もかからないし、試すにはちょうどいい。
せっせと肉まんを作るミギさんとヒダリさんの手元を眺めながら、考えが正しければいいなと願った。
翌日も三人でお昼を食べ終えてから、おやつを王の間へと運ぶ。
今日のおやつは宣言通り、茹でとうもろこしとコーン蒸しパンである。
コーンづくしのキッチンワゴンごとドアをくぐる。すると前方から可愛らしい物体がドーンと飛んでくる。
「待ちくたびれたぞ」
魔王様である。見事キッチンワゴンに激突するも、お皿は無事。魔王様も無事。
だが私の腹には確かなダメージが入っている。
「ま、魔王様。危ないですから、突撃はしないでください……」
「そうか、人間は脆いからな……。すまない」
反省の言葉が想像の斜め上である。
確かに魔族と比べれば人間なんて脆いものだ。特に私みたいな攻撃魔法も防御魔法も使えないような人間は無邪気な魔王様タックルでも潰れてしまう恐れはある。
だが私が持って欲しいのは殺してしまうかもしれないという危機感ではない。
ただ怪我をさせないように繰り返さないで欲しいだけなのだ。
どうすればいいかと少し考えて、とっておきのワードが頭に浮かぶ。
「せっかく作ったおやつが落ちてしまうかもしれませんから」
「っ! その可能性は考えていなかった。本当にすまない。もうやらないから許してくれ!」
少なくともこれで私はもちろん、お茶を運ぶ使用人達に飛んでいくことはないと思いたい。
次があった時は、またそれらしい内容を考えることにしよう。今は魔王様のピュアな瞳を信じるだけだ。
「許します。ではおやつの準備をするので、お席についてくださいね」
「うむ!」
今日は玉座の隣にティーセットが用意されている。昨日と同じものだ。
魔王城の一番大切なところにこんなものを用意していいのかと聞きたくなる。
だが他でもないトップに君臨する魔王様が許しているのでいいのだろう。
おやつ大好き魔王様は、私がお皿を持って運ぼうとすると「これごと運べば良いのだな?」とひょいっと魔法でワゴンを持ち上げた。そのままスウッと流れるように階段の上まで運んでいく。
往復する手間がなくなって助かる。本当に魔法とは便利なものだ。
段を上がり、そこからおやつの準備を開始する。
初めに渡すのはほかほかの茹でたてとうもろこしである。もちろんおしぼりもセットで。
本当はキンキンに冷えた麦茶があれば良かったのだが、間に合わないということで断念した。
だが存在しない訳ではないのだ。
大麦の生産が豊富な国に似たようなものがあるらしいと知ることが出来ただけで大きな収穫だ。売り出される時期が決まっているとのことで、その時になったら買ってもらうことにした。
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