7.タイランはワーカーホリック
高い服が苦手なのは今に始まったことではない。前世からそうなので、ただ単に性格の問題かもしれない。
何回か着てしまえば平気なのだが、家で初めで袖を通した時は一日緊張していたものだ。
だがせっかくの好意を無碍にすることは出来ない。手持ちの服だって少ない。お言葉に甘えさせてもらうことにしよう。
「まぁ必要経費というやつだ。他に欲しかったらちゃんと言うのだぞ」
「はい。ありがとうございます」
魔王様は私の返事に満足げに頷いて、蒸しパンをぱくりと頬張った。
「ところで下の段にも蒸しパンがあるが、これは我の分ではないのか?」
「これはタイランさんの分です。蒸しパンを気にいった様子だったので、この後部屋に持っていこうかなと」
「それはいい。ここはもういいから、タイランのところに持っていってくれ」
側に控えていたメイド風の使用人に、タイランさんの部屋まで連れて行くようにと指示を出す。
お言葉に甘えて、残っている人にキッチンワゴンと後片付けを託すことにした。
蒸しパンが二つだけ載ったお皿を手に、案内人の後に続く。喜んでくれるかは半々くらいか。
それでもタイランさんの分を用意したのは、空き瓶が気になったからである。彼の部屋の前で小さく息を吐いてから、ドアをノックする。
「お仕事中すみません。おやつを持ってきました」
ドアの前で少し大きな声を出すと、遅れてキイッとドアが開いた。
「いらん」
「昨日と同じものですよ。きっと気にいるかと」
「いらん。持って帰れ」
それだけ告げると、タイランさんは勢いよくドアを閉めてしまった。
だが見たい物は見れた。
わずかな隙間から見えたのは、教会で作っていたポーションとまるで同じ物。床には同じ形の空き瓶がいくつか並べられていたのである。
キッチンに戻ってからミギさんとヒダリさんに聞いてみると、想像通り。彼はご飯を食べずにポーションを飲みまくっていることが判明した。
いや、想像よりも酷かった。
なんとタイランさんのポーション生活は今に始まったことではないらしい。
タイランさんが魔王城に来たのは私が来るほんの少し前らしいが、来て早々食事は最低限で良い宣言をしたようだ。
その際、ポーションが大量に入った木箱を抱えていたというのだから恐ろしい。
「かなりのワーカーホリックだとは聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでした」
「パンとスープだけで良いと言いつつ、それすらほぼ食べてくれませんからね……」
ワーカーホリックという言葉だけで片付けていいものではない気がするが、しょぼんと肩を落とす二人に指摘するのは酷すぎる。
詳しく話を聞けば、食事が冷え切ってから食べるのが当たり前。一切手を付けていないこともあるのだとか。
どうやら研究がひと段落ついた時に食べているらしい。
なので食事と食事の間でキリが良いタイミングが来なければ、食べないという訳だ。
それ以外は回復ポーションをがぶ飲みしているとの情報がメイドから寄せられているとのこと。
回復ポーションはあくまで回復アイテム。薬草なんかを煮詰めたもので、体力を回復させることは出来ても、人間に必要な栄養素が摂取出来るなんてことはない。
前世でいうところのエナジードリンクをがぶ飲みしているみたいなものだ。
絶対健康にはよくない。
今は魔王城にいるからいいけど、今までどうやって暮らしてきたのか。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。二人は悲しそうにフルフルと首を振り、今までもこうやって回復薬を沢山使って仕事してきたそうだと教えてくれた。
ちなみに本人に改善しようという気はゼロだそうだ。
昨日魔王様が無理矢理蒸しパンを突っ込んでいたのはこういう背景があったからか。
私が可愛いな~と思っていただけの行動にも意味があったようだ。さっき強引に渡しておけば良かったと後悔が押し寄せる。
「作り手としては食べて欲しいという気持ちはありますが、そもそも人間の身体は私達ほど強くできていません」
「ちゃんと休憩してほしい」
「私も同意見です! 今の生活は絶対身体に良くないですって! 何か食べてくれるものはないでしょうか……」
「肉まんは確実に食べてくれるので、彼の食事はこればかり作っていますね。今晩も肉まんを出す予定です」
「スープパスタは食べてくれましたが、もっと食べやすいものにして欲しいと言われてしまいました……」
「肉まんにスープパスタ……。他に彼が早めに手を付けたものってありますか?」
「ステーキとシャーベットですね。どちらも次は止めてくれと言われてしまいましたが。食べやすいものがいい。その一点張りです」
肉まん・スープパスタ・ステーキ・シャーベットーーこれらを並べて考えてみるととある共通点が浮かんだ。
確かにタイランさんは食べやすさを重視している。
だがもう一つ、彼が大事にしているポイントが見えてきた。
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