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5.食事と師匠自慢

「ところでお二人はどこで料理を習ったんですか? 魔族はあまり食事をしないって言ってましたけど、さっきの料理本当に美味しくて」

「先ほどの料理は捕らえてきた人間の一人に教えてもらったのです」

「私達は王宮料理人として城に仕える一族に生まれ、主に捕虜達相手に食事を出してきました。仕事とはいえ、決まったものを作るだけの日々も何十年と続くと飽きるものです。そんな時、師匠がやってきたのです」


 二人が師匠と呼ぶ相手はとある貴族のお抱え料理人で、魔物の肉を求めて魔界にやってきたのだとか。

 魔物に食べられそうになっているところを、当時の魔王城幹部が見つけ、城に連れ帰ったのだという。


 その幹部は魔人にしては珍しく料理を食べる習慣があったらしく、ミギさんとヒダリさんに『人間の料理を学んではどうか?』と進言したそうだ。

 そこで解放の条件として人間の料理を教えてもらうことにしたのだと。


 彼らが私の存在をすぐに受け入れてくれたのは、前例がいたからなのかもしれない。


「牢屋の中ではビクビクしていたのに、いざキッチンに立つと私達相手に的確な指示を飛ばしてくる人でした。私達は彼を師匠と呼び、多くの料理を仕込んでもらいました」

「師匠の主人はかなりの偏食家だったようで、彼の料理のほとんどが肉料理とそれに合う料理でしたが」

「クオリティーに差が出るからと、最後まで他の物は教えてくれませんでしたからね」

「こんな料理を振る舞うくらいだったら一生牢獄の中でもいい! なんて相当なこだわりですよ。今となってはあの時の師匠の気持ちがよく分かりますが」


 目を細めながら遠くを眺める彼らの口角は少しだけ上がっている。楽しかった思い出として刻まれているに違いない。


 私も楽しかった過去を思い出す時、きっと同じような表情をしている。

 見ているだけで幸せを分けてもらっているような気になる。


「お師匠さんを尊敬されているんですね」

「はい。毎年命日には必ず二人で墓参りに行きます」

「すみません。亡くなっていたんですね……」

「人間の寿命は短いですからね。仕方のないことです。それでも私達は師匠から多くのことを学びました。亡くなったからといって、私達から彼の存在が失われることはありません」

「絵の得意な魔人に描いてもらった肖像画は部屋に飾ってありますし……。そうだ、ちょっと待っていてください」


 そう言って一人がキッチンから出て行った。

 ミギさんかヒダリさんか分からないけれど、残された方は出て行った理由が分かっているようだ。ゆらゆらと揺れていることから、楽しいことであると推測出来る。


 表情は分かりづらい代わりに行動に出るタイプのようだ。


 戻ってきた彼が持っていたのは男の人の肖像画だった。


「彼が私達の師匠です!」

 彼らは肖像画を抱えたまま、お師匠さんとの思い出を語ってくれた。


 肉の焼き具合には特に厳しかったとか、お師匠さんがその料理と出会うまでの経緯だとか。一つ一つが彼らにとっての宝物であるかのよう。


 だが一番の宝物は師匠との出逢いなのだろう。ずっとゆらゆらと揺れている。


 口調も少しずつ早くなっていく。師匠自慢が出来る相手もいなかったのかもしれない。

 ほのぼのと聞き入っていると肖像画を近くの椅子に立てかけた。そして空いた手で拳を作る。


「師匠のおかげで私達は人間の料理を知ることが出来ました。今も興味が尽きるどころか年々膨らむばかりです」

「ですが私達はレシピを見ながら料理を作ることはできません。本物を見たことがありませんし、何より、料理を食べてくれる相手が少ないので美味しいかの判断が難しい」


 力強く拳を固める彼らからはわざとらしさも感じる。けれどそんなところに、彼らの師匠も絆されたに違いない。


「だからあなたの料理が見たい! 話を聞きたい! 感想が欲しい!」

「タイランは全く料理に興味がありませんから、あなただけが頼りなのです!」


 二人の瞳はどこまでも真っ直ぐで、心の底から料理というものを愛しているようだった。


「私も料理のレパートリーは多くないですが、一緒に学ぶことは出来るかと!」

「頼もしいです」

「一緒に頑張りましょう」

 おお~と三人で拳を突き上げる。


「そういえばダイリさんに食料庫をお見せしていませんでしたね」

「おやつまではまだ時間がありますから、先にそちらを簡単に説明してもいいですか?」

「お願いします」


 ミギさんとヒダリさんに先導されて向かったのは地下。キッチンからほど近い階段を降りた先に食料庫はあった。


 キッチン同様、食事を必要とする人数に見合わぬほど巨大な食料庫にはありとあらゆる野菜や果物が並んでいた。

 軽く見回しただけでもかなりの量だ。見たことのない物も多い。


「食料庫全体に品質保持の魔法がかけられており、室内にある食べ物は傷むことはありません。冷蔵庫にも同じ魔法がかけられていますが、魔王城で採れる牛乳と卵は毎日新しいものを使用しています」

「大陸中から食料を集めていますが、ここにはない物も沢山あると思います。必要なものや使いたいものは私達に伝えて頂ければ調達してきますので」

「魔王様から美味しいものを作ること、食べることを最優先にして欲しいとのお言葉を頂いておりますので、遠慮なく言ってくださいね」


 なんとも頼もしい。

 もしかしたら前世で作っていたおやつも作れるかもしれない。心が躍る。


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