4.ミギとヒダリ
続くように皮付きフライドポテトを運べばこれがまた良く合うのだ。
単体で食べればやや塩っ気が少ないなと感じるそれも、ハンバーグと合わせることでその力を百パーセント、いや二百パーセント発揮するのである。
このために塩味を抑えたのだろう。まさにハンバーグの付け合わせとして用意されたポテトである。
ではパンはどうか。
見たところ、あのパンは村で食べられている無発酵パンではなく、王都のごく一部で流通しているパンとよく似ている。酵母を使ってふわっふわに仕上げたもの。
教会では一ヶ月に一度出てきたそれよりも美味しそうだ。
いや、この流れから美味しくないはずがない。
バスケットのパンを一つ拝借して、パカリと割る。すると仄かに小麦とバターの香りが立ち上がった。
ふわっふわのそれをこれまた大きめにちぎって頬張る。やはり美味しい。
正直、パン屋を開けるレベルだと思う。とはいえ、ハンバーグ専門店も捨てがたい。
だがまだ終わりではないのだ。寸胴鍋いっぱいのコーンポタージュが残っている。
ここまで来ると飲む前から鍋のサイズに感謝したいレベルである。だが食べる前から感謝するのは作り手に失礼だ。
感想が欲しいと言っていた二人のためにもここは厳粛に判断すべきである。
ポタージュの水面にゆっくりとスプーンを下ろすと、その重みに驚いた。サラッと系ではなく、ズッシリ系のようだ。
スプーンから溢れたポタージュはゆったりと表面に落ちていく。眺めているだけで我慢できるはずがない。パクリと食いつく。
「おいひい」
自然とそんな言葉が溢れた。
舌触りはなめらかで、コーンの甘みがふんわりと広がっていく。先ほど感じた重さはガツンとその美味しさの存在感を残していく。
それでいて、メイン料理の邪魔をしないのだ。
まさにお城の料理。王に献上されるに相応しいほど完璧に作り上げられている。
だが献上すべき王は食事を必要とせず、彼らは食べてくれる相手に飢えていた、と。
もったいない! もったいなさ過ぎる!
「あなたは本当に幸せそうに食べますね」
「幸せですから。本当にどれも美味しくて」
「見ているだけで伝わってきましたよ。私達に料理を教えてくれた人は、調理人にとって一番大切なことは料理の美味しさを感じられることだと言っていました」
「これだけ美味しそうに食べてくれるあなただから、魔王様がおやつ係として認められたのでしょう」
「大聖女様の代理としてやってきたのがあなたで良かった」
そう言われてハッとする。会ったら真っ先にお礼を言おうと思っていたのに、空腹と美味しさのあまり、先に料理を堪能してしまった。
パンをお皿の縁に置き、慌てて頭を下げる。
「昨日はありがとうございました。親切にしてもらったのに、私、ろくにお礼も言わずに……すみません」
「お礼も謝罪も不要ですよ。魔王様が命令し、認められた。ならば私達は従うのみです」
「私達もあなたのことは気に入りました。それでも気になると言うのなら、昨日の蒸しパンという料理を見せて欲しいです」
「魔王様が大変お喜びであったと聞きました」
「今日も同じ物を作る予定なのですが、よければ二人とも食べますか?」
「いいのですか!?」
「是非に!」
楽しみですとゆらゆらする彼らと共に、空になった食器を下げる。
余ると思っていたコーンポタージュとパンは完食。
食事を通してすっかり打ち解けて、お腹が満たされると同時に、魔王城での新たな一歩を踏み出せた気がする。
昨日借りたエプロンは私専用ということでありがたく受け取り、シンクの前で並んで洗い物をする。
『ダイリさん』と呼ばれて、そういえば彼らの名前を聞いていないことを思い出した。
「お二人のお名前聞いてもいいですか?」
「右にいるのがミギで、左にいるのがヒダリです」
「えっと……それは私から見ての左右ですか?」
「ミギは常に右にいて、ヒダリは常に左にいます」
「見分ける必要はありません。私達もそうですが、魔族の多くは他者から個として認識されることを重要視しない。仲間うちで分かればいいのです」
「それは……」
私はまだ仲間として認めてもらえていないということか。食事をしただけで近づけたなんて愚かな考えだったのだろう。
しょぼんと肩を落とせば、二人しておろおろとしだす。
「あなたを仲間外れにしようという訳ではありませんよ。私達の場合はいつも一緒にいますから、互いに別の存在だと認識していればそれで充分なのです」
「そうです。他の方も私達を一つとして見ています。ダイリさんにもそういうものとして受け入れてもらえれば嬉しいです」
「なるほど。そういうことでしたらーーミギさん、ヒダリさん、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
声を揃えて手を出してくれる。
左右から伸ばされた手に、両手を差し出せば、ブンブンと大きく上下に振られる。とても楽しそうだ。
キッチン内での呼び方もダイリで確定してしまったが、まぁいいか。
この歓迎ムードに水を差したくない。
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