3.魔界での食事は量が多い
「いっぱい食べてくださいね」
「人間は食事が必要ですからね。思う存分食べてください」
用意されたのはハンバーグと皮付きフライドポテト、コーンポタージュにパンと、メニューだけ見ればごくごく自然なもの。
どれも私の好物である。ただし量が多い。
ハンバーグは私の顔よりも大きい物が三段になっているし、横に盛られているフライドポテトも負けじと山を作っている。
パンはバスケットにこんもりと積まれており、コーンポタージュに至ってはキッチンワゴンに寸胴鍋が置かれている。
明らかに一人分の量ではない。
「えっとお二人も一緒に……」
「私達は食事を必要としませんので、遠慮なく食べてください」
「え? 食べない?」
「食べること自体は出来ますが、必要ないのです。私達に限らず、魔人の多くがそうです。だから食べてくれる人が来て本当に嬉しくて」
顔色は全く変わらないのに、目は爛々と輝いている。
コックが二人しかいないのは単純に食事を必要とする魔族が少ないからのようだ。
喜々として作ってくれたと知ってしまえば、多すぎると簡単に言い出すことは出来ない。かといって残す勇気などない。
正しき道を探すように視線を彷徨わせる。するととある存在に行きついた。
「タイランさんは! 彼のお昼ってまだですよね!? 私一人では食べ切れそうにないので、これは彼と分けて……」
タイランさんとの仲はマイナスに近い。それでも一番角が立たない方法を選んだつもりだった。だが彼らの表情は次第に曇っていく。
「彼は食事をほとんど必要としません」
「人間なのに……」
「昨日の夜も今日の朝も失敗でした」
「ほとんど減っていませんでした。なのに机の上には空き瓶が増えていたそうで」
空き瓶? 前世でいうところの部屋に空きペットボトルや空き缶が散乱している状態のことだろうか。
こちらの世界では飲み物は瓶で売っていたり、自分で持ち込んだ容器に入れてもらう仕組みになっている。タイランさんは人間界からお気に入りの飲み物を持ち込んだのかもしれない。
ペットボトルのようなものと考えるとお茶や炭酸が思い浮かぶが、缶と同じだと考えるとお酒やエナジードリンクが真っ先に思い浮かぶ。
食事をあまり食べないと聞いたらなおのこと、この二つと結びつきやすい。
この世界にエナジードリンクという名前の飲み物は存在しないが、似たような効果を発揮するアイテムは存在する。ポーションである。
一気に飲み干す姿を想像して、少しだけ心配になってしまう。お気に入りドリンクを飲んでいることを願うばかりだ。
「人間が住むと聞いた時、とても嬉しかったのです。やっと好きなだけ腕を振るうことが出来ると思ったのです」
「捕らえた人間は食事の感想を教えてくれませんし、食べることすら稀でしたから。こうして話してくれる存在は貴重です」
「残してもいいのです」
「私達の料理を食べて欲しい。そして出来れば感想が欲しいです」
「どれだけ人間の料理に近いか」
「味はちょうどいいか」
彼らが歓迎してくれた理由はこれか。
魔王城に来る人間は基本、捕虜か勇者。少なくとも友好的な相手が訪れることはほぼなかったに違いない。
料理を出されたところで警戒する気持ちはよく分かる。
むしろこうして朝食を作ってもらおうと、のこのことやってくる私の方がおかしいのだ。
けれど私は彼らに親切にしてもらった。
自分達にもメリットがあるとはいえ、昨日会ったばかりの私を受け入れようとしてくれているのも。
「とりあえずあなたにとってこの量では多いということは理解しました」
「私達もご一緒してもいいですか?」
「もちろんです!」
「ではお皿を持ってきます」
「では私は飲み物を。あなたは少し待っていてください」
全て三等分してもらって、ようやくちょうどいい量になる。パンは少し残りそうだけど、そちらは今度に回せば良いらしい。
まずはメインのハンバーグから。
今まで食べたハンバーグの中で一番大きなそれの真ん中にナイフを走らせる。ナイフがすうっと通った場所には綺麗な道が出来た。じゅわっと溢れ出た肉汁にゴクリと喉が鳴る。
今にもかぶりつきたいくらいだ。グッと我慢して、一口大よりも少し大きめに切り分けていく。
女の子が大口を開けるなんてはしたないと言う人もいるが、美味しいものと向き合うには性別なんて関係ない。大事なのはその美味しさをどのくらい受け止められるかである。
ハンバーグに肉汁を含んだソースを絡めてゆっくりと口に運んでいく。
ほふほふと口の中で冷ましながら軽く噛めば、美味しさが小さく弾けた。噛めば噛むほど口内には旨みが広がっていく。
思わずほうっと息が出てしまうほど。
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