10.魔王城のおやつ係
「虫パン? 虫が入っているのか?」
「『蒸す』という調理をしたパンです。美味しいので食べてみてください」
キッチンに蒸し器があったことから、魔界でも蒸すという調理方法はあるはずだ。
「とりあえずひとつもらおう」
魔王様はそう告げると蒸しパンを鷲掴んだ。そのまま口に運び、もごもごと口を動かす。食べ終わると何も言わずにもう一つ口に運ぶ。
こうしてみるとおやつを食べている子どもにしか見えない。
彼の魔王らしい一面を見ていないというのもあるのだろうが、今はもうすっかり恐怖が抜けてしまっている。
そういえばキッチンの二人も怖くなかったな……。気を遣ってくれていたのだろうか。心配してくれていたことといい、嫌がらせされているかもしれないなんて考えた自分が恥ずかしい。次に会う機会があったらお礼を言っておこう。
一人で反省している間に魔王様は三つ目を手に取った。
「美味いな……。蒸しパンだな。覚えたぞ」
魔王様はブツブツと呟いてから四つ目に手をかける。少し心配だったが、名前を覚えてくれるくらい気に入ってもらえたようでホッとした。
けれど四つ目を口に運ぶことはなく、それをじいっと見つめる。そしてハッとしたように顔を上げた。タイランさんの名前を呼んで手招きをする。
「タイラン、お前も食え」
「いや、俺は昔散々食ったし」
「いいから食え」
タイランさんは嫌そうな表情である。それでも魔王様は構わず彼の顔にむぎゅっと押しつける。美味いぞ美味いぞと繰り返しながら一向に引く様子がない。それどころか無理矢理にでも口にねじ込もうとしている。
その熱意にタイランさんはようやく折れて、受け取った。ため息を吐いてから、大きな口を開いてかぶりついた。
「……美味い」
「そうだろうそうだろう。ほらもう一つあるぞ。遠慮せずに食うといい」
小さく漏らした感想に魔王様は大喜びだ。上機嫌でタイランさんに皿を押し付ける。魔王様は美味しいものを分け合いたいタイプらしい。
「なんで魔王が偉そうなんだよ」
「我が命じて作らせたのだから当然だろう」
ふふんと胸を張る姿も可愛らしい。これが魔族の王様。少し前まで人類の敵と認識していた相手かと思うと拍子抜けしてしまう。
だが自分の作った物を喜んでもらえるのは嬉しいものだ。
「作ったのはそこの女だろ。おいダイリ。明日以降もお菓子を作れ。魔王が喜ぶなら子どものおやつだろうが何でもいい」
「それは構いませんが、ダイリって……。私にはちゃんと「ばあさんの代理なんだからダイリで十分だろ」
メイリーンって名前があるんです! という主張は遮られてしまった。
「名前を聞いて欲しかったら成果を上げるんだな。といっても俺やばあさんのような優れた才能がないお前にはおやつ係が精一杯だろうがな」
「なっ! 私は魔法使いさんのサポートで来たんです!」
「俺のサポート? 笑わせんなよ。ばあさんならともかく、見習い止まりの聖女のお前に出来ることって低級の付与くらいだろ? そんなの役にも立ちゃしない。ばあさんの不在をごまかすための生体反応役でしかないんだ。お前はただ邪魔しないようにしてればいいんだよ」
鼻で笑われてムッとする。けど実際、私に使えるのは低級の付与魔法くらい。彼のことは知らないが、偉大な元大聖女をサポートに付けるくらいだから有能な魔法使いなのだろう。そんな人からしてみれば私なんているだけ邪魔なのかもしれない。
それでも生体反応役としては魔界に滞在する必要がある、と。
オリヴィエ様も元々そのために私を魔界に送ったのだろうか。そもそも生体反応役って何するのだろう。それを聞いたらまたバカにされそうなので、聞く事は出来ない。
それでも置物状態でいるのと、お菓子作りの役目だけでももらえるのだったら私は後者を選ぶ。何もしないで二年を無駄にするのは嫌だ。
せっかくオリヴィエ様から託してもらった役目なのだ。少しは役に立ちたい。
それでいつか、魔王様から押し付けられた蒸しパンを食べながら去っていくあの男に私のことを名前で呼ばせてみせる!
拳を固めて天井を見上げれば、玉座からは「明日もこれが食べたい」とリクエストが飛んでくる。
こうして私は魔王城のおやつ係になったのであった。
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