9.甘芋の蒸しパン
「ありません」
「えっと、じゃあ嫌いなものは」
「魔王様に苦手なものも好物もありません。あのお方は元来、食事を必要と致しませんので」
食事を必要としない人の舌を唸らせろとは無理難題すぎる。それともオリヴィエ様の代理なら当然クリア出来るとでも思われているのだろうか。
だが私には王都のパティスリーで並んでいるようなキラキラしたお菓子は作れない。そもそもそれを望んでいるのかすら不明だ。
目の前の二人から嫌がらせをされているのではないかとも思ったが、二人揃って真顔である。全く感情が読み取れない。腕を組んでしばらく考えてはみたものの、答えはいたってシンプルなものだった。
「作れるものを作ればいっか」
考えることを放棄したとも言えるが、下手に慣れないものを作って不味くなるよりマシだろう。そう決めて、早速調理に取り掛かる。
作るのは甘芋の蒸しパン。
前世ではサツマイモと呼ばれていた野菜を作って作るお菓子で、私の好物の一つである。蒸し器はあるし、材料も揃っているので問題ない。
テキパキと材料と調理器具を用意していく。
早速、サイコロ状にカットした甘芋を鍋の中に投入していく。茹でている間にカップにバターを塗り、その他の材料である薄力粉、ふくらし粉、たまご、牛乳をボールに入れて混ぜておく。甘芋が茹で上がったらボールに投入してざっくりと混ぜ合わせ、カップに流し込む。後は蒸し器に並べて、二十分蒸して完成だ。
簡単だがとても美味しい。優しい甘みでついつい食べ過ぎてしまう、子どもにも大人気の魅惑のお菓子である。串で刺して中が生ではないことを確認してからお皿に載せる。
「なんです、それ?」
「ケーキ、ではありませんよね?」
「そもそもお菓子なんですか?」
「よく分からない」
「そんなものを魔王様にお出しするつもりですか?」
「あの方は気の長い方ですし、失敗したのであれば作り直した方が賢明かと」
「今からでも作り直しましょう」
「お菓子を作るのが得意ではないのであれば、図書館から本を持ってきますからそれを見ながらでもいいのですよ」
「それがいいです。私、何冊か見繕ってもらってきますから」
「では私は魔王様にお伝えして……」
同じ顔に左右から挟まれ、散々な言葉を投げられる。けなされているのではなく、心配されているのだろう。彼らの目にはこれがよほどマズいものに見えているらしい。
マズいというよりも未知のものに対する反応といった方が近いか。
作っている間ずうっと見られていたので、入れた材料も作り方も見ているはずなのだが、そこは私への信頼感の問題だろう。
「これでいいんです!」
魔王様が美味しいと言ってくれるかは分からないけれど、私にとっては美味しいものなのだ。二個でも三個でもパクパクいけちゃう。家族にも近所の子にも好評だった。だからこれにしようと決めたのだ。
もし美味しくないと言われたら、その時は味覚が合わないと諦めよう。
そう決めて、キッチンの端で待機していたメイド風の魔人に声をかける。
「出来ました」
背後では二人のコックがゆらゆらと揺れている。
「大丈夫ですか?」
「怒られたら謝って作り直しましょう。今度は私達も協力しますから」
「その時はケーキがいいですかね」
「今から調べておきましょう」
若干失礼だが、いい人達なのだろう。……多分。
「キッチンを貸して頂き、ありがとうございました」
「いえ、城の中のものは全て魔王様の所有物ですから」
「私達に感謝は不要です」
頭を下げてからキッチンを出る。彼らはキッチンの出口まで見送ってくれた。
魔人に先導してもらいながら、王の間へと戻った。ドアを開くと魔王様と目があった。遠目からでも分かるほどの満面の笑みである。
「早くこちらに持ってくるのだ」
さぁさぁと手招きをする魔王様の隣にはタイランさんがいる。彼は魔王様と違ってお菓子を楽しみにはしていないようだが。
玉座に続く階段を昇り、魔王様の前に皿をずいっと差し出す。
「こちらが私の作ったお菓子です」
「……これは、なんだ?」
「甘芋の蒸しパンです」
蒸しパンを前に、魔王様の表情が固まった。
先ほどの二人の反応から大体察しはついていたが、魔族達の間で蒸しパンを食べる習慣はないらしい。皿を回しながら観察している。
「よりによって子どものおやつかよ……」
これが何か知っているタイランさんは顔を歪めている。キラキラなお菓子ではないにしても、もっと洒落たものが出てくると期待していたのかもしれない。
オリヴィエ様は一体どんなお菓子を用意したのだろうか。
お菓子を作れと言われることを知っていたら聞いておいたのだが、あいにくとこちらからオリヴィエ様に連絡する手段がない。
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