プロローグ
今朝取れた新鮮たまごと牛乳をふんだんに使ったパンケーキを一枚、二枚と積み重ねていく。三段重ねのパンケーキのてっぺんには朝から仕込んでおいたミルクアイスをおおめに載せる。
魔王様の分は特にたくさん。少し溶けているくらいがちょうどいい。その上からさらにジャムを垂らしていく。タイランさんはジャムがたくさん。
二人ともきっとこれだけでは足りないと言うことだろう。パンケーキもアイスもジャムもおかわりを用意した。
できたてほやほやのパンケーキと、用意してもらった紅茶を一緒にキッチンワゴンに載せて王の間へと向かう。
「おまたせしました」
「今日のおやつはなんだ!?」
キッチンワゴンを転がす音をいち早くキャッチしていたらしい魔王様は、すでに前のめりになっている。
通信機で『今日は特別なおやつですよ』と伝えてあるが、何を作るかは秘密にしてあった。
「パンケーキです」
「パンケーキ? それなら前にも食べたぞ?」
「今日のパンケーキはただのパンケーキじゃないですよ。なんと三段重ねパンケーキの上にミルクアイスとジャムも載せてあります!」
「そ、そんなに食べていいのか? 今日いっぱい食べたから明日はなしなんて言わないか?」
「大丈夫ですよ。だっておやつが抜かれるのは悪い子だけ。魔王様はいい子でしょう?」
「うむ、我はいい子だぞ。さぁそのおやつを早く我に!」
おやつ用机に二人用のパンケーキとカトラリーをセットする。紅茶の用意もしていると、待ち切れなかった魔王様がパンケーキにフォークを刺した。
食べやすいようにと用意したナイフを無視して、一枚まるまる引きずっていく。アイスは耐え切れずに次のパンケーキの元へと落ちていく。
残ったのは溶けてしみ込んだアイスとジャムだけ。
それでも魔王様を幸せに誘うには十分だったらしい。
「ひあふぁせ」
ハムスターのように頬を膨らませ、ご満悦である。ああ、可愛い。
一方、紅茶が注ぎ終わるまで待っていてくれたタイランさんは喉を潤してから、フォークを手に取った。彼もまたナイフを使わない派らしい。
フォークでアイスを半分に切ってから、片方をパンケーキの上から降ろした。
どうするのかと見ていると、なんとパンケーキをパタンと二つ折りして大口で頬張った。
「ふまい」
「喉に詰まらせないようにしてくださいね?」
「ん」
私が魔王城に来たばかりの頃は、彼がこんな風におやつを食べるなんて想像もしていなかった。
初日なんて渋々といった様子で、私のことだって認めていなかった。けれど今日のおやつは魔王様のためにタイランさんと私で相談して決めたものだ。
お世話になった人の代理としてやってきたこの場所で、私は幸せを知った。
「あ、そうだ。今日はおかわりも用意してますからね」
「なんだと!?」
「ジャムも三種類あります!」
ドーンと胸を張る。するとタイランさんがわなわなと震え出した。彼にも内緒にしていたのだが、とても喜んでくれたようだ。
「決めた時は一種類という話だったじゃないか」
「多い方が嬉しいかなと思いまして。タイランさんはもちろん全種かけますよね?」
「ああ、一面にたっぷり塗りたいくらいだ」
「タイラン、我の分も残しておくのだぞ?!」
「いや、早い者勝ちだろう。美味いものはいつまでも残っていると思うなというのはこの世の常識だぞ」
タイランさんは真顔で大人気ないことを言いだす。
いくら彼がジャム好きとはいえ、かなりの量を作っている。残ったら困るからと、初めから一部はビン詰めにしているくらいだ。
だが魔王様はなんとも恐ろしいことを聞いてしまったかのようにプルプルと震えている。
「我の皿にジャムを載せてくれ! 早くしないとタイランに食べ尽くされてしまう」
「いくらタイランさんでも全部食べたりしませんよ」
「油断は出来んぞ! あとアイスももっと食べたい」
「アイスとジャムですね。パンケーキの上でいいですか?」
「うむ! いっぱい。いっぱいだぞ?」
魔王様はフォークを握りしめながらいっぱいいっぱいと繰り返す。愛らしくてたまらない。
「はいはい~」
「おかわりがあるなら、二枚でサンドして食べるのもいいな……」
アイスとジャムがたっぷり載ったパンケーキにキラキラとした視線を送る魔王様と、口の端っこにジャムを付けたまま真面目におやつの食べ方を考えるタイランさん。
彼らとこの魔王城に住む魔族の人達が私に居場所を与えてくれた。
毎日おやつを楽しく作れるのだって、彼らが美味しそうに食べてくれるから。
「成功だな」
「喜んでもらえて良かったです」
タイランさんと顔を見合わせてふふっと笑えば幸せが一気にこみ上げて来る。
――これは捨てられた聖女が自分の居場所を見つける物語である。
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