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ハリガネムシ記

作者: 川目漱介

第一章 ハリオ


 ハリオは母の腹から水中に放り出された。 この時まだ卵の中にいたので親の顔は知らぬ。 浅い流れの緩やかな所までハリオが入っている卵は流されていった。 精霊の導きはハリオを運命の場所へ。 やがてハリオは二ヶ月かけて孵化しボウフラという生き物に取り込まれその体内を住処とすることがきまった。


 名はハリオ。ボウフラに寄生するハリガネムシである。宿主の栄養を分けてもらうことでしか生きてゆけない生命体の生涯がはじまった。


 ハリオはハリガネムシが宿主という犠牲があってでしか生きることができない生まれながらの罪を呪った。だがそれと向き合って生きていくより仕方がない。そうハリガネムシとして生まれてきた以上、ハリガネムシとしての生を全うしなければならない!! ハリオは心に誓った。もう自分の生まれに恨みを持たないと。 なぜならそれは創造主がハリオに与えた試練であり使命だからである。


 宿主の栄養を取りすぎるといけない。細心の注意を払い栄養を摂取。 ハリオが食い散らかしてしまった宿主の内蔵機能をサポートしなければいけない。 内臓があるとハリオの住居スペースが確保できない。 宿主ボウフラとハリオは運命共同体。 ボウフラが死ねばハリオも死ぬ。 ハリオが死ねばボウフラも死ぬ。


 いつしかボウフラは蚊に羽化して水の中から大空へ生活の場を移していた。 ハリオは神の啓示を受けた。 最終宿主に今の宿主蚊が食べられるように祈りなさい。 ハリオは迷わない。 神の作った生態系その秩序を守ることが自分の使命であるからだ。


 ハリオは祈った。 宿主蚊が最終宿主に食べられるように。 そして蚊の魂が天使の導きで天国へ行けるように。 真夏の日照りが宿主蚊とハリオを苦しめる。 渇きが極限まで達する。 もうダメか? 死んでしまうのか? たとえ死んでもこれまでがんばってきたのだからなんの悔いもない。 産んでくれた父、母にこの世に生を与えてくれたことに感謝。 創造主への揺るぎなき信仰を最後まで持とうと思った。


 あなたの愛はこの世に永遠の命を約束しました。 わたしは死を恐れません。


 ハリオの宿主蚊は最終宿主カマキリに無事食べられることに。 クチクラに覆われたハリガネムシの体はカマキリに噛み砕かれることなく体内に取り込まれていった。 カマキリは内臓を失いそれに伴い生殖機能も失いハリオの新たな居心地の良い住まいになった。 


 ところがあとから同居ハリガネムシが1匹、そして2匹と増え3匹での共同生活に。 うまくやっていくために、時には己を主張し時には己を抑え、喜び、悲しみを分かち合いハリガネムシとしてハリオは大きく成長していった。 


 ハリオは毎日の祈りを欠かさない。 自分が神に生かされているちっぽけな存在であると自覚しているからである。 ところが後輩のハリーは神を恐れぬ大胆不敵な野心家。 悪魔に心を奪われていることをハリオは見抜いていたがハリオにできることはハリーの心が神のもとに帰ってくることを信じ、神に祈るだけ。 ハリーは神の啓示を待たず宿主の体から外に出て干からびて死んでしまった。 たとえ信仰を持ち毎日の祈りを欠かさぬことがあっても不幸を避けることはできないのかもしれない。 しかしだからと言って信仰が救いにならない、ということにはならない。 宿主カマキリは約束の地、水辺へと到着していた。 ハリー亡き宿主の体内でじっとその時を待っていたハリオとハリリンは光溢れる外の世界へ這い出て生まれ故郷の水の中へ帰っていった。 


 命を繋ぎ神の作りし世界の秩序を守る為に。



 第二章 ハリキチ


 信仰心の厚いハリガネムシ、ハリオとハリリンは友ハリーの死の悲しみを乗り越え、二人は愛し合いそして死んでいった。 ハリキチという子供を残して。 ハリキチは生まれつき体が弱く長くは生きられないと皆が思った。 そのみすぼらしい体格、弱々しく鈍い動きは弱肉強食の世で生きていくのは難しいとバカにされた。 ところがそれは寄生生物ハリガネムシには当てはまらない。 


 つまらぬ噂それは悪魔のささやき。 


 ハリキチはそんなものに耳を傾ける無神論者ではない。 揺るぎなき信仰それはハリキチが両親から受け継いだ唯一無二の宝であった。  そんなある日宿主ボウフラが魚に食べられてしまう。 


 ハリガネムシは宿主ボウフラが羽化してくれないと地上の最終宿主に寄生することができない。 ハリキチは魚の胃袋の中で消化されてしまうのであろうか? それが神の与えし運命であるなら受け入れよう。 しかし私の使命は最終宿主の元で成長し再びこの水の中に戻ってくること。 おー神よ!わたしはどうすればよいのですか? 


 ハリキチは魚の胃袋、腸、肛門を通過して尻から糞と共に排出された。 クチクラに覆われた体は消化されることがない。 見た目がみすぼらしいとバカにされたハリキチであったがじっさいは身を守るのに充分な鎧をを備えた無敵の生命体なのである。 信仰が揺らいでしまったことを神に悔いた。

 

 これからはなにがあっても神を信じ祈りを忘れないハリガネムシであろうと心に誓うハリキチであった。


 信仰があればハリガネムシは幸せになれる。



 第三章 ハリ郎


 長い旅の末に故郷に戻ったハリキチは無事子を残して死んでいった。 そしてハリキチの子、ハリ郎が誕生した。 信仰心の厚いハリオの孫にしてハリキチの子ハリ郎。 ハリ郎は信仰がハリガネムシを救うことを知ってはいたがそれと同時にハリガネムシの世界に広がりつつある神を否定する思想についても勉強を怠らなかった。


 自分の考えをただ押し付けるだけではハリガネムシは反発するだけ。 ただ結果良ければ全てよし、という道徳なき自己中心主義の横行はハリガネムシの絶滅、水の中の生き物全体の、そして地球の全ての生き物の存続の危機であるように思えた。 


 たしかに祈りなぞ神に捧げなくても体はボウフラに取り込まれていき最終宿主の元で大きく育ってまた水の中へ戻ってくるのだろうがそれは創造主の作りし世界、秩序があっての話。 


 そもそも我々はなんの為にこのサイクルの中で生まれて死ぬを繰り返すのだろう? そう、我々は、ただ創造主に飼われている家畜に過ぎない。 宿主を利用しているのではなく利用されているのである。 ハリ郎は無知で幼稚なハリガネムシがいくら考えたところで悪魔に心の隙を突かれて落ちぶれてしまうのが見え見えだ、と感じた。 そして祈った。 ところが無神論者への同情と反発で信仰に迷いが生じたハリ郎には神の声は聞こえない。 ただ心にある言葉が浮かんだ…救世主。


 全ハリガネムシが信仰に目覚めるには救世主が必要だ。 救世主の出現は必然であり世界は救世主によって救われる。 世界は創造主神が作られたものだから神は我々に救世主を遣わすのである。


 ハリ郎は死に際に神に悔いた。 大量に現れた救世主と称する者たちが大多数のハリガネムシを惑わし、この世が地獄に成り下がってしまった。 水、空気、土は汚れ生ける者全てが死に絶えた。 覚えておいてほしい。 救世主待望論、それは信仰を諦めた者への慰めでしかない事を。 アーメン。



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