23.1話
「……魂、ですか?」
「ええ、魂です。僕は鬼だと申しましたが、その中でも“魂喰鬼”という魂を食べる鬼でして。ああ、まだ食べてはおりませんよ。お望みならば記憶を覗いたあとにでも解放いたします」
「……なんとまあ。驚きはしましたが、元はといえばこちらの事情が原因です。この際は多少、荒業であってもやむを得ません」
クリストハルトは了承こそしたが、好ましいことではないのだろう、と推察できる口ぶりだ。
自らが頼んだこととはいえ、そのために死肉や魂を喰らうとは思ってもみなかった。
だが、現状においては何よりも邪教側の情報を手に入れることが急務であり、邪教徒の死後を気づかうほど秩序の神の聖騎士は優しくはない。
ゼナーが司るのは秩序と裁き、秩序を乱した裏切者には相応の裁きが待っている。
カナの行動に驚きはしたが、考えてみれば死霊術師の類であれば、そうした“素材”を用いることに不思議はない。
そして、それらの術の体系としての大元は魔術である。
魔術はゼナー教において禁じられたものではない。
禁じられているのは邪教の信仰であり、死霊術自体は歓迎されるものでこそないが積極的に排除する対象でもないのだ。
実用的なところでは、犯罪の捜査に用いる都市もあるという。
こうして宗教側の話が決まったところで、ジョルジュ将軍が口を開いた。
「話はまとまったようだな。それでは戦の方も終わらせようか。私の最後のあがきが失敗すればカライス伯も降伏する手筈になっている。本隊に知らせてやってくれ」
ジョルジュ将軍がそう言って目を細める。
その神妙な顔つきを見たカナは、ひとつ頷きくるりと後ろを向いてから、背後の位置となったジョルジュ将軍に顔を向けた。
「その必要はないようですよ。僕らの傭兵団がここにやってきましたから」
カナの言葉に合わせるように、森の外から大勢の足音が近づいてくる。
やがて少しして、不揃いの装備をまとう子供たちの部隊が姿をみせた。
先頭で率いるのは重装備を着こんだ壮年の男性――デクランだ。
子供ばかりの傭兵団にいる数少ない大人の人間のひとり。
左端の部隊をまとめていた歴戦の傭兵であり、マルキアス隊の上司でもある。
「マルキアス! 無事か! おお、カナ。どうだ、間に合ったか?」
「デクランさん、早かったですね。……はい、そこで寝ています」
「……寝ていない。起きているぞ。……寝ていられるか」
むくりと身を起こしたのはマルキアス。
デクランはそのマルキアスを軽々と持ち上げて肩に乗せた。
「ちょ……っ」
「勝手に飛び出していきおって、まったく。……よく頑張ったな。お前らが抑えてくれたおかげで戦いは終わった」
少し優しい目になって、デクランがマルキアスの頭を撫でた。
マルキアスは恥ずかしそうに苦い表情を見せたが、それを振り払おうとはしなかった。
「これから戦いが終わったとお知らせするところでしたが、そちらが先に終わりましたか」
カナがのほほんとした顔でそう言った。
戦いの趨勢は元々決していたので驚くことではない。
「そこのふたりは? 捕虜、でいいのか?」
「もう戦う気はないそうです」
「その通り! 捕虜だ!」
敗者であることを雄々しく宣言したジョルジュ将軍をみて、デクランは苦笑せざるを得なかった。
「ずいぶんと力強い捕虜もいたもんだな……」
「それでは、戻るとしましょうか」
そう言って、カナが少し微笑んで、一向は森の外へと歩き出した。




