22.1話
――光と闇の神アティラ。
神話大戦において秩序と裁きの神ゼナーと戦い、そして敗れた魔の大神。
一般に邪神と呼ばれるこの神だが、魔族を庇護する神でもある。
そのアティラの信徒が、魔族――つまりカナを、暗殺同然に殺しにかかるというのはおかしなことなのだ。
もちろん、これは一般論であって、邪神の信徒にとってなんらかの理由があれば魔族であろうと殺す対象にもなりうるのだが、基本的には魔族に友好的な信仰と言っていいだろう。
「信じられないことです。……信じられないことですが、ガリウス卿は間違いなく邪教徒であり、異端であり、裏切者なのでしょう。そして、邪教によるなんらかの陰謀が進行しており、ゼナー教内部にも同じように異端が潜んでいることも」
「そちらの内部のことはわかりませんが。そうなのですか?」
「単純な憶測ですよ。潜伏している邪教徒がガリウス卿のみならば、苦労してゼナー教の内部に入り込んだという利をわざわざ自分から断つことになります。それは上策とは言えないと思いましてね」
「それはそうですね。わざわざ僕を殺すために関係ない組織に潜伏していたわけでもないでしょうから」
「……ガリウス卿は私がこの地へ着任して以来、常に同行し、何度もお世話になった上司でした。本当に信じがたい。……ですが、この耳で聞き、この目でアティラの、“導聖術”の黒き光を見てしまったのです」
「黒かったですねえ」
カナは適当に相槌をうったが、アティラの術のことには詳しくなかった。
聖女などと呼ばれ、聖職者でこそあったカナだが、それは敬虔な信仰者だからではなく、単に聖職者という職業に兄の命令によって就いていたに過ぎない。
それなりに宗教についての知識は詰め込んだものの、読書で知れる部分を記憶したのみだ。
“導聖術”という神の奇跡を操ることはできないし、各信仰ごとによる奇跡の違いについて知るよしもなかった。
「……ガリウス卿が亡くなった今、教会に戻ること事態が危険となった。潜んでいるはずの邪教徒には、刺客として働いたガリウス卿の真の姿を目撃した者、と認識されるでしょうから。……さて、どうしたものでしょうね」
青年の聖騎士は、カナに視線を向けながらも独り言のようにつぶやく。
「……ところで、僕のことはどうするのです? 悪しき魔族として片づけてしまわないのですか?」
カナに問われて、少し考えるように顎に手をかけてから青年の聖騎士は肩をすくめた。
「貴女は魔族なのでしょうが、……少なくとも現時点において、人の世をかき乱す害獣というわけではなさそうだ。少なくとも聖女として活動していた間の資料に悪しき兆候は見られませんでした。……王を脅迫した、という点を除いてはね」
静かな顔で問いに答えながら、青年の聖騎士は最後に付け加えた言葉に笑みをまぜる。
冗談めかしているとはいえ思わぬところをつつかれて、カナの方も苦笑せざるを得なかった。
「……いやあ、まあ。……それは悪しき感じな気はしますね、はい」
「しかしそれも経緯を調べていけば、貴女のやったことはゼナー教にとっても正しき秩序というべき行為、と判明いたしました。言動が行き過ぎてはいますが、あれは王の方が悪いとしか言いようがありません。あのようなおごり高ぶりは過った行いです。過ちがあれば王であろうとも正すのが忠臣というもの。……貴族社会の常識はそうではないようですが」
青年の聖騎士はきっぱりと断じた。
権力に媚び従うよりも、理想の正道を重視する人物と言えるだろう。
清々しいその態度に、カナは好感をもった。
「ともかく、理由はわかりませんが、貴女は邪教徒に狙われている。そんな貴女の近くにいれば、その裏が探りやすそうです。……今すぐ危険ではないからといって魔族を放置するというのも無責任な話ですしね。監視するのは聖職者の義務でもあります」
「それでしたら、うちの傭兵団に来ます? グランマ……団長の許可は必要ですけど、僕が推薦しますよ」
あまり考えることもなく、すっと出てきたようにカナはそう言った。
特に理由があったわけではない。
食事をすすめる程度の気軽さで、そう提案したのだ。
「……フフ、変わった方だ。監視すると言っている者を自ら誘うとは。さすが聖女と呼ばれているだけはありますね。懐が広いというか、慈悲深いというか」
「その呼び名は役職名みたいなものですけどね……。カナと呼んでください」
「それでは、御厚意に甘えるとしましょう。……そういえば、まだ名乗っておりませんね。私の名はクリストハルト・フォン・ゼンダーブルクと申します。以後、お見知りおきを」




