20.1話
『カナよ。こやつはなかなかの手練れぞ。どうする、“憶想の水”を使うか?』
『やめとく。“混ざる”のも負担はあるから。この人は家族の敵ではないし。――それに』
クローゲンから頭の中で提案されたことを、カナは受け入れなかった。
受け継いだ“憶想の水”の力、記憶の読み込みにはリスクもある。
他者の記憶を引き出すことで自身の記憶の混濁を引き起こし、混ざり具合が酷ければ人格の変化や暴走もおきかねないからだ。
これは大昔、クローゲンが自らを封印した原因のひとつでもある。
カナの場合は、クローゲンの方で引き出す記憶の選別を行い情報量と共に負担も軽減されているのでリスクはかなり減ってはいるのだが、それでも疲労は少なくないのだ。
もっとも、カナが断ったのはそうした理由だけではない。
『久々に出会った強者だもの。せっかくだから僕が学んできた技で戦ってみたいんだ』
『なるほどの、その気持ちもわかる。しからば、本家伝統のスイゲン流でいくか。おあつらえ向きの地形であるからホーゲン流をぶつけるか、とも思うたがそれもよかろう。……ちと残念じゃがなー』
『ふふ、それはまた今度ね。――それじゃマルキアスたちのために、少し綺麗にしておくよ』
『清めの波動か。よい、力加減は任せよ』
カナの杖が淡く光り、辺り一面の空気が清らかに変わっていく。
するとマルキアスらの身体も淡く光り、少しだけ傷が癒えていった。
「ふむ。さすがは聖女殿といったところか」
「簡易的に魔の気を祓い、自己の癒しを活性化させているだけですよ」
一方で、カナの術に驚いたのはジョルジュ将軍の後ろに控えていた聖騎士たちだ。
「――これは……ッ」
目を大きく開けて、カナの顔を見つめている。
その視線に気づいたカナは、首をかしげながら微笑みを返した。
カナの表情をみたあと、すぐに聖騎士たちは目を伏せて静かな顔に戻る。
その瞬間、重圧が場を支配した。
――ほとばしる闘気が放たれる。
立ち上がる気炎が辺りを覆い、尋常ならざる圧が場を支配する。
「ハァァァァ……、フゥゥゥゥ……」
並の者が相対すれば震えあがって絶望するに違いない。
それは、およそ人にして人にあらず。
それはまるで、――人にして”鬼”であるかのように。
――世界は広い。こんなにも。
彼こそはガルフリート王国における至高の騎士。
最強と称されるほどに、あまたの敵を葬ってきた生粋の武人。
狂気すら帯びた好戦的な笑みを浮かべ、ジョルジュ将軍が口上を述べた。
「いくぞ、聖女殿。――我が名はジョルジュ・ビヨンド! 騎士である!」
「――僕はカナ。聖女ではなく、ただの傭兵です。さあさ、お相手仕りましょう」
しゃん、と錫杖が鳴る。
静かに涼やかに、穏やかな空気を纏い、カナは闘気の塊と向き合った。




