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15.3話

「倒したと思った敵にやられた過去の例も少なくありません。なので倒したあとも注意を払いましょう」


 カナがミルカに語るあいだに、地面に倒された隊長格の男が立ち上がろうとする。

 が、カナの杖で抑え込まれて動くことができなかった。


「“残心”といいまして。これを行うために、一番手っ取り早く簡単な方法をおすすめします」

「はいっ」


「――要するにまぁ、トドメ刺せばいいんです。このように」


 軽い調子の言葉であった。

 何気ない日常の行動であるかのように気軽に放たれた言葉には、何の殺意もない。

 それが逆に恐怖を煽る。


「や、やめっ! やめてくださ、……たす、たすけ」

「と、命乞いをしてくることもありますが、さくーっといきましょう。罠だと思っていいです、そうじゃないこともありますけど、それは実力がついてから考えましょう。身の安全が第一ですよ」


 びちゃ、と。

 その騎士の首から上は吹き飛ばされた。

 打撃しか放てないはずの杖によって。


「くそ、くそ! 隊長が! うわあああああああっ!」


 仇を討とうと勇敢な騎士がカナに斬りかかる。

 だが、近づいた瞬間にカナの杖が触れて、その身体が胸のあたりで上下に叩き裂かれた。


「普通に倒すときは、このように。急所に当てればいいだけです。ね、簡単でしょう?」

「……あの、その威力なら急所でなくても死ぬと思うんですが」

「ふむ、一理ありますね。では、もっと優しい感じで……、あれ?」


 次の相手には優しくしようと考えていたカナであったが、その心遣いが発揮されることはなかった。

 当然といえば当然だが、襲い掛かれば息をするように殺される絶対強者の前に立とうなどという兵士はいなかったのだ。


「カナちゃん、カナちゃん。……敵がドン引きして止まっちゃったけど。ちょっとサイコでスパスパな光景を見せすぎたのではないかとイブちゃんは愚考いたしますぞ?」


「ええー、失敬ですね。僕は普通ですよ?」

「カナちゃんが普通だったら世の中の戦場は地獄すぎますぞよ? どこの魔境かな?」


 イブの言葉に皆が心の中でうなづいた。

 なにしろ敵どころか周囲の味方の動きすらも止まっている。


 周りにいた傭兵団の子供たちもまた、あまりの光景に驚き、恐れ、そして魅入っていたからだ。

 明らかに自分たちとは一線を画す常識外の存在であると。


「むー。まぁ、戦意をなくしたのであれば敵とは言えません。虐殺は好みではないですし、ミルカへの助言はここまでにしておきますか」


 カナの言葉を聞き、敵兵たちは胸をなでおろした。

 そのまま襲い掛かってくるのではないか、動いたら殺されるのではないか、という恐怖がやわらいだからだ。

 イブもミルカもうなづきながらその言葉に同意を示す。


「うん、それがいいよー、カナちゃん。本来の役目を思い出そうぜー? ……なんか居心地悪いし」

「大丈夫ですよー、イブ。きちんと戦場の状況は把握していますし、ここに来たのもそのためです。少し離れたところで劣勢になりそうな気配がありますね。そちらへ参りましょうか」


「……はい! 助けにいきましょう、カナさん!」


 カナはイブたちと共に、振り返ってその場を去ろうとするが……。

 少し歩いたところでカナが立ち止まった。


「ああ、大事な補足をひとつ」

「は、はい!」


 ミルカが勢いよく返事をする。

 一方で、まだ何かされるのかと、敵兵はびくりとしていたが。


「世の中には、簡単な方法で殺せない相手というのも存在します。そういうモノと遭遇したら逃げてくださいね」

「はい。全力で逃げます!」


 迷うことなく、ミルカは答えた。

 もっとも、カナは人ならざるモノのことを思い浮かべ、ミルカや他の者はカナのことだと考えていたのだが。

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