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36.1話

「なんだあれは。離れていればクロスボウが、近づいたとしても長槍の餌食となるのか!」


 マイの部隊に驚愕するラルジャーレ。

 近接と射撃が有機的に働く部隊などというのは、彼が学んだ戦術本には載っていないことだった。


「閣下、我が軍の歩兵が動揺しております。数で勝るとはいえ、あれでは被害があまりにも――」

「でも、あそこまで行ったのに引くわけにはいかないでしょ!」

「それは、たしかに……」


 悪手とわかってはいても、副官は同意せざるを得なかった。

 被害はでるし現場の兵は怖くてたまらないだろうが、小高い丘の上に陣取る敵と戦うためには、ここで引いていてはラチがあかないのも現実である。

 とはいっても彼らはすでに釘付けになり、ほとんど動けなくなった単なる的だ。

 ここは指揮をする者が手を打たなくてはならない――。


「包囲だよ! 包囲すれば勝てるんだ! 考えてうまくやるんだよ! あわてずになんとかして!」

(どうやってだよ。やり方を教えろよ、考えなきゃいけないのはアンタだよ……! 自慢の戦術とやらでなんとかしてくれよ!)


 指揮官の命令というよりは、もはや酒場の酔っぱらいの愚痴のようになったラルジャーレの指示に、副官はうんざりさせられた。


「報告! 敵軍は子供ばかりのようです!」

「は?」


 そこへ戦闘中によくわからない報告がとんできて、ラルジャーレも副官も呆然となってしまう。

 子供がこのような用兵を? という驚きと――。


「こ、子供だからどうしたっていうんだ! もっと役に立つ報告を頼むよ!」


 大して意味のない報告がいまさらに飛んできたことへの憤りだ。

 何故、今更このような報告が来たのかというと、突撃に置いて行かれたラルジャーレらがぽつんと最後尾で待機していて連絡が遅れたからなのだが。


「て、敵がクロスボウを……」

「見ればわかるよ! 装てんしているあいだに突っ込めばいいでしょ! なんで伏せちゃってるの!」


「は、はい! ですが、その、想定を上回る速度で撃ってくるのです……っ!」


「だから見ればわかるって。そういうこともあるだろう?」

「か、閣下。恐れながら、クロスボウであの早さは異常です」


 クロスボウは装てんに時間がかかるのが弱点の武器である。

 それが弓よりも早く射撃してくるのだからたまったものではない。


 ラルジャーレはこれまで戦場にでたことのない典型的な貴族だ。

 戦術を多少学んだことで自信をもっていたのだが、しょせんは訓練の現場すら知らないお坊ちゃん、机上の理論でしかものを考えていなかった。

 現場の兵の練度や感情というものをまったく考慮していなかったのである。


「撃たれるまでの時間がカウントされていることで、さらに焦りと恐怖が蔓延しております!」

「なんでなのよ! びびってないでさあ、包囲すれば勝てるんだって!」

「だから、どうやって包囲するんですかぁ!」


 包囲しろと命令されても、兵たちは移動すらままならないのが現状であった。

 戦いをろくに経験したこともない兵たちは、どうしていいかわからない状況なのだ。

 何しろ彼らが学んできたのは、正面からのごく普通の模擬戦ばかりなのだから。


「では、とどめでーす。やっちゃってください、ジョルジュ将軍」


 対して、カナの“経験(きおく)”にいるのは、――“戦の天才(クローゲン)”。

 地獄のような古の時代において、必敗の戦局を勝ち抜いてきた偉大なる英傑が師なのである。


『よしよし、儂の教えを当世風に生かしたのう。初歩的じゃが、よくやったぞ我が弟子よ』

『指揮するのってなかなか楽しいねー。自由な感じというか、与えられたものをどう生かすか考えるのっていいよね。みんなが頑張ってるなーってとこ見れるのも好き』


 記憶を継承する力、『憶想の水(ミナ・フルコト)』。

 その中には当然、数多の戦場の記憶が眠っている。

 カナが見聞きしてきたものはクローゲンの記憶。

 それを実際ものであるかのように体感しながら、当のクローゲンより教わるというこの上ない英才教育だ。

 

 歴戦の記憶を持ちながら実戦経験のない指揮官。

 それが指揮官としてのカナであった。


「はははは! これが包囲するということだ! はじめてやったが気持ちが良いな!」


 カナの合図をうけて、ノワイヤ平原東側より騎兵隊が現れる。

 元カライス将軍ジョルジュとカライス軍の志願者による特別な騎兵隊だ。


 姿を隠すところがないかのように見える平原の東側だが、実際には離れた位置に斜面がある。

 その場所は、ラルジャーレ軍の位置からでは目視できないことを計算しての伏兵だ。


 特に戦闘中は目に見える敵にばかりに視線が集まるもの。

 何もないはずの方角を意識している余裕など、前線の兵士にはないのだから。


 それでも騎兵隊の駆ける音に気づいた者もいたのだが、騎兵というものは機動力が売りだ。

 対応策など考える間もなく、三方向を囲む挟撃態勢ができあがった。

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