第3話 チュートリアル その② 魔法編
「おおー! 魔法!」
マホが自分に付けられた魔法という言葉の意味を知ったとき、ちょうどその頃テレビでやっていたのがダークヒーロー物の魔法使いのアニメだった。
当時夢中になった魔法が使えるとわかってマホのテンションも上がる。
「初期ワードに『火』というものがあります。先程と同じようにメニューからワードを選んで見てください」
言われるまま操作をすると、ワードの項目に「火 ノーマル 起動」と書かれている。
「これってどういう意味?」
「まず、火というのが貴方が手に入れているワード名です。次がレアリティで、ノーマル、レア、スーパーレア、ウルトラレア、レジェンドレアと高くなっていきます」
「へぇ。よくわかんないけど、これは普通ってことなの?」
当然ながらレアリティの概念というのもよくわかっていない。
この年頃の子であれば大抵ソシャゲ等で知っている子がほとんどなのだが。
「そうですね。レアリティノーマルのものはお店で購入することができます。それ以外は基本的に宝箱等からランダムで入手することになるでしょう」
「宝箱! ちょっと楽しみ。じゃあ、次の起動っていうのは?」
ゲームを知らなくても宝箱くらいはわかる。
というよりむしろゲームを知っていて慣れている人よりも宝箱という言葉に対する憧れは大きかったかもしれない。
「ワードには起動と補正の二種類があります。そして、起動というのは魔法を使用する上で必須のワードで、このワードを唱えることで魔法が発動します。もう一つの補正は魔法でも武器攻撃でも威力に補正をかけることができるワードです」
「この『火』は魔法専用ってことだね」
「その通りです。また、それに類する言葉でも発動が可能です。では、早速試してみましょう。魔法は左手を広げて相手に向けて翳し、起動ワードを唱えることで発動します。今回は「ファイア」と唱えてみてください」
「こう……かな? 「ファイア」!」
左手を目の前のオオカミに向けて、魔法を唱えた。
すると、掌の先に小さな魔法陣が現れ、拳大の火の玉が中心から飛び出した。
火の玉がオオカミに当たると、小さく燃え上がる演出の後、20というダメージが表示される。
「やっ……あれ?」
魔法を撃った感動を表そうとするマホに違和感。
発動した体勢から一瞬体が動かなかった。
「魔法は武器よりややダメージが多めで、必中という特性がありますが、このようにダメージ量に応じて硬直が発生します」
「ヒッチュウ? コウチョク?」
やはりゲーム用語はわからないマホ。
「必ず命中しますが、体が動かなくなる、ということです」
当然ながらそれもしっかりとフォローするチュリさん。
「なるほどー。じゃあ、武器のほうがいいのかな?」
魔法が使えるならば魔法メインで遊びたいと思っていた矢先だっただけに、マホの落胆が大きい。
「いえ。魔法はここからが本番です」
「そうなの!?」
マホの瞳に輝きが戻る。
「先程の武器攻撃でもそうだったように、魔法も言葉で強化することができます。所謂詠唱ですね。今度は「ファイア」の前に「敵を焼き尽くせ!」と足してみてください」
「よーし。敵を焼き尽くせ! 「ファイア」!」
手を翳してそう唱えると、今度は先程よりも大きな魔法陣が現れて、火炎放射のように炎が飛び出る。
「ファイア」だけの時とは違い、オオカミが炎に包まれる演出の後、50のダメージ表示が出てオオカミが倒れる。
ゲームを知らないマホでも武器攻撃2回分以上のダメージが出る方が効率が良いことくらいはわかる。
実はこのダメージ量はマホの名前補正のおかげでもあるのだが、チュリさんも聞かれなければ答えることはない。
本来ならちょうど武器攻撃2回分のダメージとなり、簡単に攻撃できる武器を選ぶ人が多く、実際現時点で2万人程のプレイ人口の4分の3が物理メインになっていた。
これは開発スタッフが「このゲームはストレス解消の為のゲーム。下方修正はしない」と明言し、ゲーム内には物理か魔法かどちらかしか効かない耐性持ちという天敵がいないことも大きい。
更に言うと、その中の少数派の魔法使いによる詠唱が「恥ずかしいと感じる言葉は威力補正が大きい」というチュリさんの言葉に繋がっていた。
そして先程よりも長い硬直がマホを襲う。といっても一秒にも満たない時間だが。
「初討伐おめでとうございます。倒したモンスターを調べると、アイテムやお金を入手することがあります。倒した後10分ほどで消えてしまいますので早めに回収するようにしてくださいね」
「わかりましたー」
言われた通りにオオカミを調べる……というか近付いて手を翳すだけでウィンドウが現れた。
「わっ……。毛皮のマント? と1000G?」
「こちらはチュートリアル限定ドロップとなっております。通常アイテムはほとんど素材の状態でドロップしますので、工房等で加工して装備として手に入れることになります。Gというのは通貨の単位です。どれくらいの価値なのかはこれから確認していってくださいね」
よくわからないのでマホは千円くらいの価値だろうと予想していた。
そして、そのウィンドウを閉じるとオオカミも消える。
「はーい。毛皮のマント……装備する、と」
早速手に入れたマントを装備してみる。
「わ、合わないなぁ……外しておこう。あ、表示消せるって言ってたような……?」
「設定メニューは通常のメニューと反対に下から上になぞってください」
質問したわけでもないが、AIがそう判断してしまい、チュリさんが答える。
設定メニューを表示させると、表示設定、音声設定、外部サイトへ、GMコールと並んでいる。
「あ、これね……装備をOFFに、と」
マントが消え、キャリアウーマン風のビジネススーツだけの姿に戻る。
「よし」
「先程の詠唱は唱える言葉の長さや意味によって威力が増減します。より『火』を強める言葉を選ぶと良いでしょう。補正ワードを入手し、それを組み込むとより効果的です。それ以外は武器攻撃の時と同じです」
チュリさんが本来のチュートリアルの説明に戻る。
そして、増減。つまり、下がることもあるということになるが、マホはまだそこまで思い至っていなかった。
「なるほどー。調べてみよっと」
この辺りは真面目な性格が災いして聞くことができない。聞けば答えてくれていたのがチュリさんだったのだが。
「これで私からの説明は以上です。チュートリアルを続けますか?」
「もうちょっと練習できるってことかな? 時間もまだありそうだし、続けます!」
常に視界の中に表示されている現実時間の時計を見るとまだ17時半を過ぎたところだったので、マホは継続という意味でそれを選んだ。
「では、次のチュートリアルに移行します」
しかし、これこそが開発スタッフが用意した第二の罠。
ここで終了を選ぶと始まりの街に飛ばされ、ゲームがスタートしていた。
マホは偶然それを回避していたのだった。
ただ、実際これに引っかかった人は多く、その中にはわざわざデータを削除してやり直した人もいる。気付いたときには手遅れだった人もいた。
チュートリアル中は動画配信できないというのもそうなった一因となった。
しかし、このことはパッケージにしっかりと明記されていることもあり、用意されたチュートリアルを蔑ろにしがちな風潮への一石と、概ね好意的にとられていた。
プレイ人口が然程多くないゲームというのもその理由の一つだったが。
「それじゃあ、次はダンジョンマスターのわたしが実戦とダンジョンのチュートリアルを担当するね!」
今度は可愛らしい女の子の声に変わり、周囲の風景も変わる。
そして、目の前には下へと続く階段があった。
お読みいただきありがとうございます。
大の大人がゲームでも詠唱するとなったら勇気いりますよね。
社会人向けで「恥ずかしい=威力アップ」設定なのはその辺からです。